「50周年、そして100周年に向けて」

日本銀行理事
貝塚正彰

昨年(2022年)10月に金融研究所ホームページをリニューアルするとともに、特集ページ「金融研究所設立40周年特集:金研のこれまでとこれから」 を立ち上げました。その後、コンテンツを少しずつ充実してきましたが、立ち上げから1年間を経たことから、この度、特集ページの更新を終了することとしました。この間、本当に多くの方々に特集ページを訪問して頂きました。厚く御礼を申し上げます。

クロージングにあたり、特集ページのうち、いくつかのコンテンツに触れつつ、金融研究所のこれまでの歴史を振り返ってみたいと思います。

まず特集ページの立ち上げにあたり、若田部昌澄副総裁(当時)からは、「基礎的研究の充実、学界との交流の強化、そして貨幣博物館を通じたコミュニケーションといった、設立時に金融研究所に期待された活動や役割は益々重要なものになっていく」とのビデオメッセージがありました。「基礎的研究は、樹木にたとえれば根に相当し、一見地味ではあっても、非常に重要である」とは、金融研究所設立にあたっての前川春雄総裁(当時)の言葉です。副総裁のビデオメッセージでも触れられているとおり、この言葉は、今日であっても、まったく色褪せていないどころか、輝きを増しているようにさえ感じられます。

続いて、金融研究所にゆかりのある先生として、植田和男先生(現総裁)、神田秀樹先生伊藤正直先生からは、寄稿文を頂戴しました。金融研究所の前身である旧特別研究室の当時からサポートを頂いている先生もおられ、感謝の言葉しかありません。先生方からは、金融研究所に限らず日本銀行全体の研究活動に対する叱咤激励を頂いたと思っており、私自身も心に刻みたいと思っています。

さらに、学識者・研究所OBと副島豊所長(当時)による金研設立40周年記念対談も大変充実したものとなりました。北村行伸先生・鎮目雅人先生との間では、「マネーシステムの歴史を語る」 と題して、お金や金融制度の誕生・発展の歴史を振り返りながら、今後はどのような姿が展望されるのかについて、活発に意見が交わされました。岩下直行先生からは、「イノベーションセンターとしての金研」と題して、金融研究所が暗号やインターネットといった情報技術に関する研究を手掛けるようになった経緯を、臨場感たっぷりに語って頂きました。そして、翁邦雄先生・白塚重典先生からは、「金研リサーチの責務」とのテーマで、インハウスのシンクタンクとしての金融研究所の立ち位置、研究トピックの選び方、現在のマクロ経済学の課題と先行きの展望など、実際に所長として金融研究所を率いていたときの問題意識や悩みについて貴重なお話を共有して頂きました。カール・E・ウォルシュ教授、アタナシオス・オルファニデス教授、若田部昌澄副総裁(当時)による鼎談 も、1970年代以降の「合理的期待革命」や「ニューケインジアン・モデル」の登場といったマクロ経済学の長い目でみた歴史を振り返りながら、一方で、デジタル化といったごく最近の変化の意義にも目配りした、示唆に富み、とても印象深いものとなりました。「学界と政策立案サイドの橋渡し役としての中央銀行エコノミストのあり方」、「不確実な経済環境のもとで、金融政策運営におけるサイエンスとアートをどのようにバランスするべきか」、「日本の研究コミュニティは、どのようにより世界に貢献できるか」などの話題についても、活発な議論が展開されました。

2023年国際コンファランスでの司会進行

加えて、「金融研究所のあゆみ」では、金融研究所設立以降の各課の研究テーマのほか、国際コンファランスのテーマの変遷について改めて振り返りました。1983年の第1回会合では、「現代における金融政策の役割」のテーマのもと、ミルトン・フリードマン教授、ジェームズ・トービン教授をお迎えして活発な議論が展開されました。その後、国際コンファランスは、お陰様で順調に回を重ねています。2020年は残念ながら感染症拡大により開催できませんでしたが、続く2021年と2022年はオンラインでの会合、第28回目となる本年(2023年)は4年ぶりの対面会合となりました。2008年からは、前川春雄・元総裁に因んで名付けられた招待講演「前川講演」を始めており、初回はジョン・テイラー教授に講演者を務めて頂きました。国際コンファランスのテーマは、それぞれの時代におけるマクロ経済・金融情勢上の課題を色濃く映じたものになっており、各回の議事要旨を読むと、当時の政策当局者やマクロ経済学者がこうした課題にどのように向き合おうとしていたのかがよくわかります。

貨幣博物館の特別展「新しい日本銀行券2024」にて

貨幣博物館は、金融研究所の設立にあわせて設置が決定され、1985年に開館しました。2015年のリニューアルを経て、これまでに200万人を超える方々にお越し頂いています。開館式典やリニューアル記念式典の写真を、特集ページでご覧になられた方もいらっしゃるかもしれません。貨幣博物館では、貨幣史研究の成果を結集し、「お金とは何か、どのように生まれ使われてきたのか」などを考えるうえで参考となる歴史的資料や所蔵品を展示しています。さらに、「ポスターで振り返る貨幣博物館」のとおり、特定のテーマを深掘りした展示も行ってきました。2022年は金研40周年・日銀140周年を迎えて、中央銀行である日本銀行が誕生するまでの歩みを紹介する企画展「水辺の風景と日本銀行」を開催したほか、本年(2023年)は特別展「新しい日本銀行券2024」を開催しています。

今回の特集の主目的は、「40周年を機に、金融研究所の歴史と資産の棚卸しを行い、活動やあり方について次の10年間を展望する」というものでした。その意味では、2つの大きな気付きがありました。

1つ目の気付きは、適切な研究テーマ設定とその事後評価がいかに大切かということです。今回、アーカイブ資料などを用いて過去40年間の研究トピックを整理しました。その結果、経済・ファイナンス研究だけでなく、法制度・会計・情報技術研究など多くの分野において、時代を先読みするような研究テーマに取り組んでいたことを確認できました。いくつか例を挙げますと、1986年に発足した法律問題研究会では、清算機関やネッティングに関わる資金決済関連の法制度が整うはるか以前にオブリゲーションネッティングの研究に着手していました。情報技術研究の分野でも、今では当たり前に利用されている電子マネーの研究開発に初めて取り組んだのは30年も昔のことでした。もちろん、事後的に振り返ってみれば時代の変化を十分に見通せていなかった研究テーマも皆無ではありません。ただ、大事なことは研究テーマが当たった、あるいは外したということよりも、様々な分野にアンテナを張り、研究の成功・失敗から学んだことを次の研究に活かしていくことだと考えています。

2つ目の気付きは、本質は変わらないということです。本年(2023年)の国際コンファランスの開会挨拶において、植田和男総裁は、1970年代の高インフレ期に言及しました。半世紀以上前の経験やそれを踏まえた研究が、現代でも一定の普遍性を持つということです。また、先述の金研設立40周年記念対談において、北村・鎮目両先生は、これまでの長い歴史を振り返り、お金や金融の仕組み(マネーシステム)は企業の活動や個人の生活の中で広く認められたものが使われる、ただしその時々の社会情勢を踏まえて試行錯誤が繰り返され変化する、のが一般的な姿と指摘されました。過去から学ぶことがいかに重要かとも言い換えられるかもしれません。

10年後の設立50周年は、日本銀行設立150周年という大きな節目にもあたります。50周年に止まらず、その先100周年に向けて、金融研究所は、その役割を果たすため、不断の努力を続けていくと共に、みなさんとのエンゲージメントをこれまで以上に大切にしていきたいと考えています。引き続き、金融研究所へのサポートをよろしくお願い申し上げます。