金融研究所と法学研究

学習院大学大学院法務研究科教授・東京大学名誉教授
神田秀樹

神田秀樹 学習院大学大学院法務研究科教授・東京大学名誉教授

金融研究所設立40周年、まことにおめでとうございます。
私の金融研究所との出会いは、1986年3月に設置された「支払決済システムの法律問題に関する研究会」への参加でした(その報告書は「金融研究」6巻1号に掲載されています)。 それ以来、今日まで30ほどにも及ぶ研究会に参加する機会をいただきました。金融研究所では創立時からの伝統として金融・経済研究と歴史研究が主軸ですが、上記の研究会は初めての法学に関する研究会でして、当時第2課長であられた黒田巌氏の強い意向で金融研究所は法学研究を始めたとうかがっています。金融研究所は、その後、会計制度の研究や暗号理論そして情報技術分野の研究をも継続的に実施するようになり、法律分野だけでなくこれらの分野の研究も金融・経済研究および歴史研究と並んで金融研究所の活動の重要な柱となって今日に至っています。

また、国内客員研究員を法学の分野でも採用するようになり、私も法学で2人目の客員研究員として研究をさせていただきました(1990年10月から2年間。その研究成果は「金融研究」12巻2号に掲載されています)。そして、この間、法学の研究者への委託研究も始まって今日に至っています。海外からの客員研究員についても、1988年から法学の研究者を招聘するようになり、今では海外の法学研究者の間でIMESという言葉がよく知られるようになっているだけでなく、客員研究員を務めた方々は今日では本国でそしてグローバルにも著名な研究者となって活躍されています。

神田秀樹教授、海外客員でもあったCharles W. Mooney Jr.名誉教授(ペンシルバニア大学)、国内客員の神作裕之教授と。

上記の法学の一連の研究会やその他のシンポジウムなどの企画に長年参加させていただく機会を得た者の感想として、金融研究所の活動には次のような特徴があると思います。まず何よりも、金融研究所ならではの文字通り自由闊達な雰囲気が一貫して存在していて、自由に幅広い議論を存分にさせていただいたということです。私が大学で担当したゼミに学生として参加した方々で日本銀行に就職をされた方々が少なからずおられ、金融研究所での法学関係の研究会等に参加することになった方々も少なくなく、個々の方々のお名前をここで挙げることは控えさせていただきますが、私はこれらの方々と一緒に研究をする機会に恵まれたというご縁にも感謝しています。また、金融研究所での法学関係の研究会の研究内容としては、その時々に話題となったテーマを取り上げながらも、実務的な観点もふまえたうえでの基礎研究と理論研究が重視され、この面における金融研究所の活動の日本の法学研究への貢献には大きいものがあったと思います。

Charles W. Mooney Jr.名誉教授を囲んでの勉強会の様子。

これらを可能にしたのは、研究会に参加した研究者による貢献の大きさに加えて、いうまでもなく、金融研究所のスタッフの方々の能力の高さと人柄にあると言えます。その時々の所長さんをはじめ金融研究所の法律チームの方々が一丸となって研究会その他の活動に熱心に取り組んでくださいました。金融研究所の外での法学の研究会ですと研究者が報告をして論文を書くというスタイルが多いのですが、金融研究所の研究会では、議論のたたき台となる資料から最後の報告書に至るまで、すべてについてその執筆を金融研究所のスタッフが担当するのが通常です。参加する研究者は好き勝手に思い付いたことを制約なく自由に発言するので、議論のレベルは高いといえるものの、各回の学術的な(そして時には複雑な)議論をまとめるだけでも大変な難作業です。これを整理して報告書にとりまとめるというのは、他にはあまり例がなく、しかも、各研究会の報告書は若干のものを除いてすべて「金融研究」に公表されており、その内容は充実したものになっています。

このように金融研究所において法学研究を幅広く継続的に進めてこられたのも、私が知る限り、上記の黒田氏に続いて多くの方々が法学研究の重要さを認識してくださり研究会その他の活動に注力してくださったおかげであると思います。とくに、所長であられた翁邦雄氏と課長であられた岩村充氏の熱意と貢献によって金融研究所における法学研究が不動のものになったと私は思っています。

将来を展望しますと、金融研究所における法学関係の研究活動が今後も継続して着実に発展することを祈念しますが、世の中の変化は非常に激しいので、たとえば情報発信の多様化ということが今後のひとつの課題になるように感じます。

このたび40周年のとりまとめをして過去を振り返り将来を展望することは大きな意義があることであり、法学の一研究者として、これを決断された副島豊所長と金融研究所の皆様に敬意を表します。今後の金融研究所そして日本銀行の一層の発展と金融研究所を含めて日本銀行の皆様の一層の飛躍とご健勝をお祈りします。