日本銀行金融研究所との40年

大妻女子大学学長・東京大学名誉教授
伊藤正直

伊藤正直 大妻女子大学学長・東京大学名誉教授

日本銀行金融研究所が、2022年10月に設立40周年を迎えるという。金融研究所は、発足当初から、理論研究(現経済ファイナンス研究課)、制度研究(現制度基盤研究課)、歴史研究(現歴史研究課)の3分野から構成されていたが、筆者は主として歴史研究の分野で、40年間ほぼ絶えることなく関わりを持ち続けてきた。


じつは、日本銀行との関わりというともう少し遡る。最初は、調査局特別調査課への出入りで、大学院博士課程の頃であった。当時は戦前日本の地方金融に関心があり、『日本金融史資料』所収の各種日銀調査を読むなかで、日銀支店資料をみたいと思うようになった。当時調査局図書資料課長であった武藤正明氏の知遇を得ることができ、その助力もあって日銀福島支店、秋田支店、新潟支店、松本支店などの資料を閲覧・蒐集することができた。これらの資料を使いながら、地方金融史関係の論文を何本か書いた。

その後、前川総裁の下、事務機構改革により1981年3月特別研究室を拡充し、調査局所属の図書資料課、沿革史課を移管することで金融研究局が新設され、これが翌年10月に金融研究所に改組された。金融研究所のスタートであり、筆者の金融研究所との関わりもここからスタートした。

東京大学を定年退職し当時専修大学に勤めていた加藤俊彦教授が、金融研究所の最初の顧問(1982年10月から88年10月まで、その後研究第3課事務指導講師)となり、加藤教授を座長として金融史研究会が設置され、筆者もそのメンバーとなった。研究会の目的は、金融史研究の到達点を確認しつつ日本銀行史他各国中央銀行史についての知見を共有することで、あわせて日本銀行百年史の執筆にあたっての何らかの助言を果たすことも期待された。研究会では、百年史関係者の話を伺ったり、何人かの外国金融史研究者の方々をゲストに招いたりした。この成果の一部は、日本銀行金融研究所『『日本銀行百年史』論評集』(金融資第2号、1991年3月)としてまとめられた。

課内で取りまとめられた『日本銀行百年史論評集』と『日本銀行制度・政策論史』

また、加藤教授の後任として金融研究所顧問となった石井寛治教授(1988年10月から2000年10月まで)の下で、研究者の目から日本銀行の制度と政策の推移を再検証しようという研究会が設けられ、これも日本銀行金融研究所『日本銀行制度・政策論史』(委託研究報告N0.5(5)、1993年7月)として取りまとめられた(のち『日本銀行金融政策史』として2001年に東京大学出版会から出版)。これが第1の関わりである。

伊藤先生がご執筆されたディスカッションペーパー

伊藤先生が論文執筆のために利用したアーカイブ資料

第2の関わりは、1999年から2002年にかけて、金融研究所客員研究員となったことである。客員研究員時に「藤田銀行の破綻とその整理」「昭和初年の金融システム危機-その構造と対応-」「戦後ハイパーインフレと中央銀行」等の論文を執筆したが、この時期の大きな仕事は日本銀行アーカイブ発足のお手伝いであった。1999年7月に情報公開法が制定され、2001年1月にはその施行が決まっていた。前年2月には、各省庁事務連絡会議が「行政文書の管理方策に関するガイドラインについて」を策定し、省庁再編に伴う行政文書の保管・管理の大枠を示していた。日本銀行もこれに沿って、同行保有文書の管理を行おうということになり、アーカイブと原局原課との資料移管の原則を作ることが求められた。筆者は、BOE他海外中央銀行のアーカイブについての報告を数回行うとともに、資料移管の原則等について時間をかけて議論を繰り返した。ここでの議論のいくつかは、現在のアーカイブ運営に引き継がれている。

第3の関わりは、2009年に金融研究所の個別事務委嘱の受託を打診されたことである。「1980年代、90年代の日本銀行金融政策の歴史的総括を行いたい」というのが依頼の趣旨で、国内的にはバブルとバブル崩壊期にあたり、内外の金融市場と金融構造が激変した時期の金融政策の検討は不可欠と考えていたため、喜んでこの依頼に応じた。以来、2018年までの10年間、金融研究所歴史研究課のメンバーと共同で、総務局(現企画局)や営業局を始めとする各局の各種政策資料をトレースし、2015年には1980年代の金融政策を検討した論文(『金融研究』34巻2号、2015.4、Monetary and Economic Studies, vol.33, 2015.11)、2019年、20年には1990年代の金融政策を検討した論文(『金融研究』38巻2号、2019.4、Monetary and Economic Studies, vol.38, 2020.11)を発表した。

この他にも、1990年代の末から2010年代に至るまで、金融研究所の3課(現歴史研究課)や1課(現経済ファイナンス研究課)が主催するセミナーやワークショップに参加したり支店資料調査を行ったり、様々な刺激や啓発を受けてきた。金融研究所は、その目的として、政策のバックボーンづくり、学界との交流、研究活動に資する情報・資料の提供を掲げている。金融研究所が、今後とも研究者に開かれた組織であること、そしてそのことを通じて、中央銀行が近代市民社会を支える基幹的構成者であり続けることを、心から期待したい。

伊藤先生と金融史研究グループメンバー