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金研ニュースレター:2026年韓国銀行ERI・日本銀行IMES共催ワークショップ
韓国銀行経済研究所(BOK-ERI)と日本銀行金融研究所(BOJ-IMES)は、2026年3月5日および3月6日、ソウルの韓国銀行本店にてワークショップを共催しました。本ワークショップは、2017年に始まり、今回で9回目を迎えました。今年はBOK-ERI、BOJ-IMES、国際決済銀行アジア太平洋地区事務所(BIS-HK)のエコノミストに加え、新たにフィリピン中央銀行(BSP)およびオーストラリア準備銀行(RBA)からもエコノミストが参加し、参加機関が拡充しました。ワークショップでは、経済のダイナミズムや金融政策、AI等先端技術の経済分析への応用など、多岐にわたるテーマについて活発な議論が行われました。
まず、韓国銀行チーフエコノミストのJae Won Lee副総裁が開会挨拶を行ったあと、BOK-ERIのSeungho Nah所長、BOJ-IMESの渡辺真吾所長、RBAのMatthew Fink氏がそれぞれ自国の経済情勢について報告を行いました。その後、BOK-ERIより3本、BOJ-IMESより2本、BIS-HK、BSP、RBAからそれぞれ1本ずつ研究発表が行われ、渡辺所長が閉会の辞を述べました。このニュースレターでは、研究発表のうち4本についてその概要を紹介します(1)。
1. ミクロデータを用いた企業の価格設定行動の分析
標準的なニューケインジアン・モデルでは、企業による価格改定確率が一定であると仮定されています。しかし、近年の高インフレ局面では企業の価格設定行動が急激に変化し、こうした前提の妥当性が改めて問われています。
Matthew Fink氏(RBA)は、オーストラリアにおける小売企業61社、1,000万品目・5億件以上の価格情報の大規模データセットを用いて、新型コロナ感染症パンデミック前後の企業の価格設定行動を分析しました(2)。その結果、パンデミック初期には不確実性の高まりから企業は価格改定を遅らせ、価格の硬直性が一時的に上昇したと報告しました。他方、インフレ率がピークに達した2023年にかけて価格改定頻度が上昇し、パンデミック前よりも価格設定が伸縮的になったことから、この間企業の価格設定行動が大きく変化したと指摘しました。
さらに、RBAで利用されている標準的な動学的確率的一般均衡(DSGE)モデルを用いた反実仮想分析からは、価格改定頻度を一定と仮定した場合、パンデミック後のインフレ率の予測を0.4~1.3%程度過小評価する可能性がある点が示されました。また、価格設定が伸縮的になることでフィリップス曲線がスティープ化するため、標準的なモデルが示唆するよりも積極的な利上げが最適となる可能性が示唆されました。
以上の結果は、大きなインフレショック時には、企業の価格設定行動が変化することを実証的に示したものであり、標準的なマクロ経済モデルの前提を再検討する上で有益な根拠を提供しています。
2. 高生産性セクターへの信用の再配分と経済成長
韓国では、住宅価格の高騰を受けて、家計部門の債務残高が高水準となっており、民間部門向け信用の約50%が住宅ローンを含む不動産関連部門に集中しています。こうした信用の集中が経済成長の鈍化を招いている可能性が韓国の政策的な議論のなかで注目され、民間部門における信用の構成比が経済成長にどのように影響を及ぼすかが重要な検討課題となっています。
Indo Hwang氏(BOK-ERI)は、1975年から2024年にわたる43カ国のパネルデータを用いて実証分析を行い、民間債務残高に占める企業債務残高のシェアが高いほど、その後の経済成長が強まる傾向が観察されると指摘しました(3)。子細にみると、民間債務残高と経済成長の間には過剰な債務残高が成長を阻害する、「逆U字型」の関係がみられたほか、同じ債務水準であってもその内訳において企業債務の割合が高い方がより高い経済成長を伴うことを示しました。
上記のクロスカントリー分析の推計結果を韓国経済に当てはめてシミュレーションを行ったところ、家計債務対GDP比を10%ポイント引き下げ、その分を企業債務へ振り向けた場合、経済成長率が0.2%ポイント上昇すると試算されました。Hwang氏は、この波及経路として、企業への信用の拡大が投資対GDP比を拡大させ、生産性の向上をもたらすことを指摘しました。また、この効果は、外部資金調達依存度の高いセクター、中小企業集約的なセクター、高生産性セクターへ信用が再配分される場合に特に顕著である一方、不動産セクターへの再配分の場合はこうした効果はみられなかったと説明しました。
Hwang氏は、高生産性セクターへ信用を誘導するための政策手段として、不動産融資のリスクウェイト調整、中小企業・スタートアップ向け信用評価インフラの整備、エクイティ・ファイナンスの拡大といった具体的な方策を提言しており、韓国の成長戦略を考える上で実践的な含意を提供しています。
3. 金利とバランスシートを考慮した金融政策スタンスの包括的評価
主要中央銀行の多くが超低金利期を脱したなか、金融政策スタンスを計測する際に、金利だけではなく、量的緩和政策(Quantitative Easing: QE)によって拡大した中央銀行のバランスシートの規模をどう考慮するかが課題となっています。
Dora Xia氏(BIS-HK)は、金利水準とバランスシートの規模の双方を考慮した新たな指標である金融政策指数(Monetary Policy Conditions Index: MCI)を提案しました(4)。具体的には、MCIは2年債利回りおよび中央銀行バランスシート規模対潜在GDP比の加重平均として定義され、指数計算におけるウェイトは、金融環境指数(Financial Conditions Index: FCI)(5)、インフレ率、需給ギャップを用い、ベイズ・ベクトル自己回帰(BVAR)モデルによって算出されます。米国のデータを用いた推計の結果、金利変数のウェイトが0.8、バランスシート変数のウェイトが0.2となり、政策金利の1%ポイントの引き上げが、バランスシート対潜在GDP比における4%ポイントの縮小に相当することが示されました。
推計されたMCIを確認すると、2015年以降、連邦準備制度のバランスシートが大幅に拡大した結果、MCIが示す金融政策のスタンスは、短期金利やシャドー・レート(6)が示唆する水準よりも大幅に緩和的であることが示されました。また、パンデミック後の積極的な金融緩和は、経済の回復を支えた一方で、2022年以降の持続的なインフレの一因となったことが示唆されました。最後に、直近の状況を確認すると、近年の利上げや量的引き締め(Quantitative Tightening: QT)にもかかわらず、バランスシートの絶対規模が依然として大きいため、MCIは歴史的にみて依然として極めて低い(緩和的な)水準にあると論じました。
この分析で提供された実証的枠組みは、金融政策スタンスのより包括的な評価を可能にするものであり、各国中央銀行の政策分析に広く応用可能な貢献といえます。
4. 補助金政策の有効性分析:企業規模と企業年齢の比較
どのような企業に補助金を付与すると経済全体の資源配分の効率性改善にも寄与するのでしょうか。多くの国では、中小企業を対象とした規模依存型(Size-dependent)の補助金政策が採用されていますが、企業が「小さい」ことは、必ずしも同企業が金融制約に直面していることを意味しません。企業が小規模にとどまる背景には、金融制約によって成長が阻害されることや、生産性が低いことなど、多様な要因が存在し得ます。
Jaeyoung Seo氏(BOK-ERI)は、韓国企業のデータを分析し、企業規模と資本生産性の間に明確な相関はみられない一方、企業年齢と資本生産性の間には負の相関があり、若い企業ほど資本生産性が顕著に高いことを指摘しました(7)。このことは、若い企業ほど自己資金の蓄積(Self-finance)が不十分であり、金融制約の影響を強く受けている可能性が示唆されると論じました。
続けて、異質的企業モデルを用いてシミュレーションを行い、現在の韓国のように金融仲介が円滑に行われている経済では、規模依存型の補助金はむしろ配分効率性を悪化させる可能性があると論じました。一方、金融仲介機能が限定的であるような経済では、規模依存型の補助金は、資源配分の効率性を改善する方向に作用するものの、若い企業をターゲットとした年齢依存型(Age-dependent)の補助金政策は、いずれの経済においても規模依存型を上回る効果を生むことが確認されました。これは、企業年齢が真に金融制約に直面している企業を特定する優れた指標となるためであり、そうした若い企業に資源をより配分することで資源配分の効率性を改善し、結果としてGDPを押し上げる効果があると論じました。
以上の結果は、韓国における補助金政策の設計において、金融仲介機能や企業の実態を踏まえた指標の選択が重要であることを示しており、規模基準に依拠した既存の中小企業支援政策のあり方を再考する上で有益な実証的根拠を提供しています。
Notes
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- その他の研究発表として、Vic Delloro氏(BSP)が"From Quota to Prices: Effects of the Rice Market Liberalization in the Philippines"を、Minyoung Lee氏(BOK-ERI)が"Global Supply Chain Risk Analysis: Application of Network Methods to LLM-Identified Structures"を報告しました。本行からは、伊藤洋二郎氏が"Supply Shocks and Inflationary Pressures in Global Value Chains: The Role of Network Centrality"を、高橋悠輔氏が"Generative AI for Economic Simulation: Heterogeneity of Subjective Models of Inflation"を報告しました。 (1)
- Fink, M. and J. Hambur. 2026. "Shifts in Australian Price-Setting Behaviour Around Large Shocks," CAMA Working Paper 07/2026, Centre for Applied Macroeconomic Analysis, Australian National University. (available at https://ideas.repec.org/p/een/camaaa/2026-07.html) (2)
- Hwang, I.D., H. Jang, and W. Kim. 2026. "Reallocating credit toward the productive sector and revitalizing growth," mimeo. (3)
- Mojon, B., P. Rungcharoenkitkul, and D. Xia. 2026. " Integrating balance sheet policy into monetary policy conditions," BIS Working Papers No 1281. (available at https://www.bis.org/publ/work1281.htm) (4)
- 金融環境指数(FCI: Financial Conditions Index)は、金利、株価、信用スプレッド、為替レートなど複数の金融変数を統合した指標であり、金融市場全体の環境を示すもの。本稿ではシカゴ連邦準備銀行が公表するFCIを使用。 (5)
- シャドー・レートとは、ゼロ金利下で実施された非伝統的金融政策の効果を、通常の金利に換算して表した数値です。詳細については、以下の論文を参照してください。Wu, J. and D. Xia, (2016), "Measuring the Macroeconomic Impact of Monetary Policy at the Zero Lower Bound," Journal of Money, Credit and Banking, vol. 48(2-3), pp. 253-291. (6)
- Seo, J. 2026. " Macroeconomic implications of size and age-dependent policies under Financial Friction," mimeo. (7)