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金研ニュースレター:2025年韓国銀行ERI・日本銀行IMES共催ワークショップ

韓国銀行経済研究所(BOK-ERI)と日本銀行金融研究所(BOJ-IMES)は、2025年2月27日に日本銀行本店にてワークショップを共催しました。本ワークショップは、2017年に始まって以降、今回で8回目を迎えました。BOK-ERIとBOJ-IMESのエコノミストに加えて、国際決済銀行アジア太平洋地区事務所(BIS-HK)や国内の学界からの研究者も参加し、活発な議論が行われました。
まず、池田大輔 経済ファイナンス研究課長(BOJ-IMES)が開会挨拶を行い、本ワークショップを通じて、人口動態の変化や経済成長のためのイノベーション促進など共通の課題に直面する両国の研究者が知見を共有することで、リサーチと政策的な議論のより一層の深化が期待される、と述べました。その後、BOK-ERIとBOJ-IMESからそれぞれ2本、BIS-HKから1本の研究発表が行われ、チョ・テヒョン所長(BOK-ERI)が閉会の辞を述べました。
1. 機械学習を用いた景気後退予測手法の検討

一般的に経済の先行きを予測することは容易ではありませんが、とりわけ景気循環の局面が拡大から後退に変化し得る際の予測は、より一層難しくなります。これまで、日本経済の予測には、経済モデルや景気動向指数などが用いられてきました。近年、高頻度データやオルタナティブ・データを用いた「データに語らせる」景気予測手法が提案されてきており、こうした手法を活用する余地は小さくありません。
王悠介(BOJ-IMES)は、機械学習手法を用いて日本の景気後退を予測するモデルを構築し、その有効性を検証しました(1)。具体的には、サポート・ベクター・マシン、ランダム・フォレスト、LightGBMといった複数の機械学習アルゴリズムを用い、従来の統計的手法であるロジット回帰と比較しながら、短期(3か月先)・中期(6か月先)・長期(12か月先)の予測精度を評価しました。その際、新聞記事のテキスト・データをオルタナティブ・データとして活用することで、伝統的な経済指標には含まれない情報を抽出することも行いました。分析の結果、機械学習モデルはロジット回帰よりも高い予測精度を持つこと、テキスト・データの活用は特に短期の予測精度を向上させること、が明らかになりました。
今回確認されたテキスト・データの有用性は、景気判断における定性情報の重要性を示唆しています。今後、様々なデータの有用性が検討され、より高精度かつより利便性の高い景気予測手法が開発されていくことが期待されます。
2.国債の需要はどのように変化するのか

近年、多くの中央銀行で、量的緩和(Quantitative Easing: QE)政策により拡大した中央銀行のバランスシートを縮小させる動き(Quantitative Tightening: QT)がみられます。これは、国債市場における買い手としての中央銀行のプレゼンスの低下と、それに伴う国債保有者の構成比の変化を意味します。そのため、中央銀行がバランスシートの正常化を進める中、国債利回りがどのように調整されるのか、そしてその国債の供給を誰が吸収するのか注目されています。
シャア・ドラ氏(BIS-HK)は、まず、米国、欧州、日本、英国を対象に、国債保有者の構造の変遷を示しました(2)。例えば米国では、世界金融危機やCOVID-19のアウトブレイク後のQEによって、国債市場における中央銀行の市場シェアが拡大しました。近年は、QTによって中央銀行の国債保有割合が低下した一方、投資ファンドや商業銀行のシェアが拡大しました。次に、長期金利と投資家の国債需要の関係を推計しました。その結果、QTによって市中への国債供給が1%増加した場合、長期金利が8~13ベーシス・ポイント(3)押し上げられることを示唆する推計値が得られました。また、投資ファンドと商業銀行の国債需要は、金利の変化に対して最も弾力的で、中央銀行がバランスシートを正常化するもとで、他の投資家よりも国債保有量が増えやすい傾向があること、が示唆されました。
本研究は、中央銀行のバランスシート縮小に伴う市場構造の変化と国債への需要を、投資家別に示そうと試みた意欲的な研究です。今後、この分野で、より多くの実証研究が積み重ねられ、新たな政策的示唆が導かれることが期待されます。
3.イノベーション促進のための課題

韓国経済は、少子高齢化による労働力不足という深刻な課題に直面しています。韓国の総人口は2020年をピークとして減少に転じており、2040年までには約5,000万人、2070年までには約3,700万人まで縮小する、と予測されています。また、2040年代には、経済成長率がマイナスに転じる可能性も指摘されています。こうした背景のもと、労働力不足を補うための生産性向上と、その手段としてのイノベーションに注目が集まっています。
ソン・ウォン氏(BOK-ERI)は、韓国企業によるイノベーションの発現要因を解明すべく、企業規模、研究の形態(基礎・応用研究)、資本市場へのアクセス、に着目しました(4)。最初に、大企業における研究開発費は増加しているものの、特許の被引用件数で測った「イノベーションの質」の向上がみられなかった点を指摘しました。その要因として、大企業は短期的な収益を優先するため、基礎研究よりも応用研究を重視しており、その結果、革新的な技術開発が停滞しているのではないか、と論じました。次に、中小企業の生産性は、2000年代まで向上したものの、2010年代以降は伸び率が鈍化したと指摘しました。主な要因として資金調達環境が影響している可能性を論じ、ベンチャー・キャピタル(VC)へのアクセスがある企業ほど、生産性の伸び率が高い傾向があることを示しました。
本研究は、イノベーション促進のための、企業の長期的な技術開発や基礎研究への政策的支援の重要性を示唆しています。また、中小企業におけるM&AやIPOの活性化、VCへのアクセス改善、その結果としての起業数増加の重要性も示唆されます。企業によるイノベーションのメカニズムへの理解がより一層深まっていくことが期待されます。
4. イノベーションの種類と企業成長の関係

イノベーションは経済成長を促進する重要な要因ですが、その種類によって経済に与える影響は異なり得ます。一般に、新しい製品やサービスを生み出す「プロダクト・イノベーション」と、生産効率の向上や業務プロセスの改善を図る「プロセス・イノベーション」に大別されます。近年、日本や欧州でプロセス・イノベーションの比重が高まっていますが、この傾向が経済にどのような影響を及ぼすのかについては、まだ十分に解明されていません。
白川遥大(BOJ-IMES)は、日本企業のミクロデータを用いて、業種や企業規模を問わず、プロセス・イノベーションの比重が高まっていることを示しました(5)。そのうえで、イノベーションの決定要因を分析した結果、競合企業の存在は、プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションの両方を促進する一方、競合企業数が大きく増加すると、プロセス・イノベーションの比率が高まる傾向がみられました。さらに、属する市場の成長率が高いほど、プロダクト・イノベーションが促進されるものの、プロセス・イノベーションは特に影響を受けないこと、が確認されました。また、プロダクト・イノベーションは企業の売上や雇用の成長を数年間にわたり押し上げる効果を持つ一方、プロセス・イノベーションにはそうした効果が見られないこともわかりました。
本研究では、企業の中期的な成長にとって、プロダクト・イノベーションが重要である可能性や、競争度合が異なる種類のイノベーションに異なる影響を及ぼし得ることが示唆されました。今後、イノベーションの背景にあるメカニズムやその影響について、より一層理解が深まっていくことが期待されます。
5.韓国における気候変動関連技術

気候変動への対応が世界的な課題となる中、多くの国において、炭素排出量を実質ゼロとするカーボン・ニュートラルの実現に向けた取り組みが進められています。そうしたもと、革新的な気候変動関連技術の開発とその普及の重要性も指摘されています。特に韓国は、エネルギー集約型の製造業比率が高いため、気候変動関連技術の進展が韓国経済の持続的な成長の鍵となります。
イ・インロ氏(BOK-ERI)は、特許データを用いて、韓国の気候変動関連技術に関する技術革新の状況を整理しました(6)。気候変動関連技術分野の特許出願数において韓国は世界第3位という位置付けであるものの、①限られた大企業に集中していること、②特定の技術分野に偏重していること、がわかりました。具体的には、上位4社のみで特許出願の約70%を占めており、中小企業のプレゼンスが極めて限定的です。第2に、特許の多くがバッテリーや電気自動車関連技術に集中しており、二酸化炭素回収・有効利用・貯留関連や、製造時の炭素排出量削減技術の分野では技術革新が多くありません。これらの背景には、短期的な成果を重視する傾向、政府の研究開発支援の不足、非効率的なカーボン・プライシング政策、中小企業が直面する調達環境の脆弱性、が影響している可能性があるとイ氏は指摘しました。
気候変動関連技術分野での競争力を強化し、先行者利益を享受するためには、政策の抜本的な改革が求められる、と本研究は指摘しています。具体的には、政府による研究開発支援の強化、効率的なカーボン・プライシング政策による企業へのインセンティブ付与、スタートアップや中小企業向けの資金調達環境の整備、の3つを提言しています。
6.閉会の辞

チョ所長(BOK-ERI)は、このワークショップでの議論が、景気後退予測、国債市場の動向、イノベーションの特質、カーボン・ニュートラル経済への移行、といった東アジア全体に関わる重要な研究テーマへの理解を深めるものとなったと総括しました。今後、他の国・地域からの参加も促し、各国の知見を共有し、交流を促進することで、さらなる発展を図りたいと提案し、閉会の辞として締めくくりました。
Notes
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- Oh, Y., and M. Shintani. 2025. "Forecasting Japanese Recessions Using Machine Learning and Mixed-Frequency Data." mimeo. (1)
- Eren, E., A. Schrimpf, and D. Xia. 2023. "The Demand for Government Debt." BIS Working Papers No. 1105. Bank for International Settlement. (an updated version is available at https://papers.ssrn.com/abstract=4466154) (2)
- ベーシス・ポイントとは、金利などの変化幅を表す単位で、1ベーシス・ポイントは0.01% を意味します。(3)
- Lee, D., W. Sung, J. Chung, E. Choi, D. Kim, and T. Cho. 2024. "Innovation and Economic Growth: Review of Korean Firms' Innovation Performance." In Korea Economic Outlook May 2024, Chapter 3. Bank of Korea. (available at https://ssrn.com/abstract=4916985) (4)
- Ito, Y., and H. Shirakawa. 2025. "Product and Process Innovation: Determinants and Dynamic Effects on Firm Growth." Mimeo. (5)
- Lee, D., W. Sung, S. Shim, I. Lee, S. Jeong, E. Choi, D. Kim, and T. Cho. 2024. "The Path to a Carbon Neutral Economy: Current Status and Challenges of Korea's Climate Technologies." In Korea Economic Outlook November 2024, Chapter 3. Bank of Korea. (available at https://www.researchgate.net/publication/388325926) (6)