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金研ニュースレター:情報セキュリティ・セミナー 生体認証の現在地

日本銀行金融研究所・情報技術研究センター(CITECS:Center for Information Technology Studies)は、2026年6月24日、「生体認証の現在地」をテーマとした情報セキュリティ・セミナーを開催しました。

本セミナーでは、生体認証技術の第一人者であるNECフェローの今岡氏をお招きし、生体認証の仕組みや研究動向、生体認証のセキュリティなどについてご講演いただいたほか、生体認証の今後の展望と、普及上の課題としてデジタル倫理(エシックス)の考え方について解説いただきました。

生体認証技術の歴史的変遷

今岡氏は、まず、NECにおける生体認証技術の研究開発について、その黎明期から現在に至る歴史的変遷について説明を行いました。このうち、顔認証については、同社において1990年頃に研究開発が開始され、2001年の米国同時多発テロ事件を契機に、安全保障の観点から社会実装が本格化した状況が説明されました。当時は画像照合を行うAI技術が未成熟であり、認証精度に課題があったものの、その後、約20年間にわたる研究開発を経て、世界トップクラスの精度を実現した経緯が紹介されました。実際、米国立標準技術研究所(NIST [1])が実施している顔認証のベンチマークテストでは、NECの研究チームが複数回にわたって世界一を獲得してきました。


生体認証の歴史的変遷(今岡氏の講演資料[5,111 KB PDF]より抜粋)

「生体認証」の位置づけ

次に、3つの認証方式である「知識認証」、「所有物認証」、「生体認証」について、それぞれの特性と課題が整理されました。生体認証は、「厳密にその人の身体(本人そのもの)と情報を結びつける」ことができる唯一の手段であることから、今岡氏は、厳格な本人確認を行う際には生体認証が不可欠であるとの見解を示しました。もっとも、生体認証には、誤判断の可能性があるほか、新たな技術的脅威への対策といった課題があることについては留意が必要であるとされました。

近年は、スマートフォンでのパスキー[2]の普及にみられるように、知識認証、所有物認証、生体認証を適切に組み合わせることで、高いセキュリティを確保するというアプローチが主流となっており、そういった組み合わせによる認証方法が現実的との見解が示されました。


さまざまな認証方法(今岡氏の講演資料[5,111 KB PDF]より抜粋)

生体認証の仕組みと評価基準

顔認証のアルゴリズムは、事前に登録してある画像と、認証時に撮影した画像のそれぞれについて、位置の検出、数値データへの変換、AIによる特徴量(数千個オーダー)の抽出を行い、その特徴量がどの程度一致しているか(類似度)をスコアとして算出します。どの程度の類似度であれば本人であると判断するかについては、あらかじめ設定したしきい値(判定基準)との比較によって行うことになります。生体認証技術の優劣を判断する際には、「他人受け入れ」の確率(下図における誤認証①の面積)を一定に固定した条件下での「本人棄却率」(下図における誤認証②の面積)の大きさが指標になると説明されました。


生体認証の評価方法(今岡氏の講演資料[5,111 KB PDF]より抜粋)

認証方式には、カードや端末内に保存した本人のデータとの照合を行う「1対1認証」と、データベース上にあるN個のデータから本人を特定する「1対N認証」があります。現在は、ATMでの静脈認証やスマートフォンでの指紋・顔認証など、1対1認証が主流となっています。1対N認証は、オフィスの入退室管理や大規模イベント会場の顔パス入場を可能にするものであり、先行き、さまざまな分野での活用が期待されています。


1:1認証と1:N認証(今岡氏の講演資料[5,111 KB PDF]より抜粋)

生体認証への攻撃手法と防御システム

今岡氏は、第三者によるなりすまし等を可能とする生体認証への代表的な攻撃手法である、プレゼンテーション攻撃、モーフィング攻撃、敵対的攻撃の概要とその対策例について紹介しました。

例えば、なりすまし対象とする人物の写真や動画をカメラに提示したり、精巧なマスクを被ってなりすましを行うプレゼンテーション攻撃については、3D形状の確認や近赤外線に対する反射率の測定、質感の解析などによって対応が可能と説明されました。もっとも、NISTのベンチマークテストでは、攻撃手法を非公開とした場合には性能が大きく低下するとの結果も現れており、具体的な攻撃手法に依存しない汎用的な対策能力の向上が課題との見解が示されました。また、2名の顔画像を合成した写真を登録し、2名とも本人と判定されるようにするモーフィング攻撃については、登録画像における合成の痕跡を検出したり、登録画像と認証時の撮影画像との差分を検知したりすることで対応が可能となっていることが紹介されました。


モーフィング攻撃の概要[3]今岡氏の講演資料[5,111 KB PDF]より抜粋)

国内外における社会実装の具体的事例

現在、生体認証は多分野で社会実装が進んでいます。その事例として、今岡氏からは、出入国管理・オフィス入退室管理、新幹線駅での顔認証改札(実証実験)、リテール分野での少額決済サービスなどが紹介されました。また、顔認証と虹彩認証を組み合わせることで、厳格な本人確認が求められるシーンであっても、被認証者が手ぶらで立ち止まることなく認証(ウォークスルー型のマルチモーダル生体認証)を行うことができる1対N認証のシステムについては、2027年の実用化を目指して実証実験が行われていることが紹介されました。


ウォークスルー型のマルチモーダル生体認証(今岡氏の講演資料[5,111 KB PDF]より抜粋)

デジタルエシックスと信頼の構築

最後に、今岡氏は、生体認証技術の実装においては、透明性、公平性、プライバシー保護といった倫理(エシックス)的な課題を避けて通ることはできないと指摘しました。技術が急速に発展するなかにおいては、法規制が追いつかないことも少なくないことから、企業や技術者は「何が正しいのか」を常に自問自答し、透明性の高いサービスを徹底する責任があるとの見解を示しました。

デジタルサービスに対するユーザの不信感や不安感は、意図的ともとれる不親切なUI/UX [4]や透明性の欠如に起因すると述べ、信頼獲得のためには、倫理的な視点を開発プロセスの初期段階から組み込むことが重要であるとの認識を示しました。今岡氏は、生体認証技術が広く社会に受け入れられ、普及していくためには、強固なセキュリティ、高い利便性、そしてエシックスの3つをバランスよく実現することが不可欠であると述べ、講演を締めくくりました。

参加者との質疑応答

質疑応答では、参加者から多くの質問が寄せられました。

将来的なリスクを見据えた対応のあり方については、予算や現時点での必要性をもとに「半歩先」の技術を選ぶのではなく、将来の攻撃に対抗する猶予を確保する観点から「一歩先、あるいは一歩半先」にある高い水準の技術を選択することが重要であるとの私見が示されました。また、利便性と安全性の両立に向けた対応に関する質問に対しては、顔と虹彩のように「複数の技術をいかに上手く組み合わせるか」が鍵になると指摘しました。そのうえで、技術の組み合わせが有効に機能すれば監視カメラ等を用いて常時認証(継続認証)が可能となる点に触れ、「常に認証され続ける世界」も今後の方向性として考えられるとしました。こうした技術の普及が監視社会化を招くのではないかという懸念に対しては、技術の運用は法規制やルール、エシックスに委ねられるものであるとしたうえで、技術者の立場からは、利用者に正しく理解してもらうために、技術の透明性を確保することが重要であるとの考えを示しました。また、プライバシーの考え方(データ利活用に対する受容性)は各国の文化的背景等によって異なることから、グローバル展開においては、国ごとに異なるエシックスやプライバシーの規制、社会規範にいかに柔軟に対応していくかという「運用の作り込み」が重要になるとの見解を示しました。


今岡 仁氏(日本電気株式会社・NECフェロー)


* 文中の肩書は当時のものです。

Notes

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  • [1] National Institute of Standards and Technology
  • [2] 生体認証などによって端末を起動させ、端末内に保存されているデータを用いた暗号処理によって認証を行う方式。
  • [3] 写真は以下のレポートより引用。NIST Interagency Report NISTIR 8584, https://pages.nist.gov/frvt/reports/morph/fate_morph_4B_NISTIR_8584.pdf (アクセス日:2026年07月13日)
  • [4] UI(ユーザ・インタフェース)は、ユーザとサービス・製品との接点を指し、UX(ユーザ・エクスペリエンス)は、ユーザがサービスや製品の使用によって得られる体験を指します。
これまでの情報技術関連の研究会の一覧は、 こちら(研究会のページ)