日本銀行金融研究所・情報技術研究センター(CITECS:Center for Information Technology Studies)は、2025年12月12日に「検証可能な信頼へ~デジタル社会におけるトラスト形成を考える~」をテーマとした情報セキュリティ・セミナーを開催しました。
本セミナーでは、トラスト研究を専門とされているセコム株式会社IS研究所の島岡政基主幹研究員をお招きし、デジタル社会における「検証可能な信頼」の重要性と、その実現に向けた具体的な基盤技術や、トラスト研究の多様なアプローチについて解説いただきました。
セミナーにおける講演資料は、下記のリンク先に掲載しています。 https://www.imes.boj.or.jp/jp/conference/citecs/25sec_semi02/25sec_semi02.html
講演概要
トラストの本質と「検証可能性」
冒頭、島岡氏は、デジタル技術の発展と普及は、社会に恩恵をもたらす一方で、顔の見えない相手との取引であることに伴うなりすましなどの弊害もみられ始めていることを指摘しました。これまでのアナログ社会では、人の仕草や表情といった対面の効果や、印鑑や署名といった物的な証拠に依存する形で信頼が形成されていました。私たちが無意識に依存していたこうした仕組みは、デジタル化によって前提が崩れているため、デジタル社会における信頼の仕組みを再構築する必要がある、という問題提起がなされました。
島岡氏は、トラストを、信頼する側(Trustor)にとって、信頼される側(Trustee)が自分の期待を裏切らないと思える状態と定義します。こうしたトラストが形作られる(トラスト形成)にあたって、これまでのアナログ社会では、相手の年齢や資格といった客観的な情報を参照しつつも、「おそらく大丈夫だろう」という主観的な判断が大きな役割を果たしていました。この点、これからのデジタル社会では、主観的な判断の要素をできるだけ減らし、誰でも、客観的証拠に基づいて、画一的に真偽を判定できるように検証可能性を高めることがトラスト形成にとって重要と指摘しました。
ハードウェアセキュリティと検証可能性
続いて、デジタル社会における検証可能性の土台となるハードウェアセキュリティ(1) について紹介されました。デジタル社会における検証では、物理空間から収集した証拠を、サイバー空間で検証できる仕組みが不可欠です。たとえば、デバイスのCPU内に設けられた、隔離された安全な実行環境(Trusted Execution Environment ; TEE)を活用することにより、外部・遠隔から、デバイスが信頼できる状況で動作しているかを検証することが可能になります(2)。島岡氏は、こうした基盤を活用することで、デバイスの安全性を継続的・自律的に確かめ続けられる仕組みを構築することが望ましいと指摘しました。
トラスト研究におけるアプローチの多様化
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トラスト研究におけるアプローチの多様化
最後に、トラスト研究におけるアプローチの多様化について紹介がありました。近年のトラスト研究では、個別分野の知見に基づく研究や技術開発のみではなく、社会全体としてトラストの形成を支える仕組みや制度設計を検討することや、新たな技術や制度を開発する際に、それが社会に受け容れられるかを念頭におくことの必要性が意識されています。また、信頼する側(Trustor)と信頼される側(Trustee)の両面からのアプローチに加えて、情報科学に基づく客観面からのアプローチと人文・社会科学に基づく主観面からのアプローチの必要性も意識されています。こうした問題意識から、異なる学問分野の間を自由に往来できるトラスト研究人材の育成や、研究コミュニティの形成を企図したワークショップの試みについても紹介がありました。
トラスト形成に向けて社会や金融機関に求められる視点
質疑応答では、金融機関をはじめとした利用者の立場から、トラスト研究の技術や知見をどのように活かしていくことが望ましいかとの質問が寄せられました。島岡氏からは、デジタル社会においては、相手が裏切るリスクをしっかりと認識したうえで、そのリスクを適切に評価する目利き力を養うことが重要との見解が示されました。各組織において、こうしたリスクをどこまで受容できるかを判断したうえで、それに応じたトラスト形成に必要な技術や仕組みを取り入れていく姿勢が重要になると総括されました。
* 文中の肩書は当時のものです。