金研設立40周年記念対談
イノベーションセンターとしての金研

第5回「情報技術と金融業の未来」


京都大学公共政策大学院の岩下直行教授をお招きし、イノベーションセンターとしての金研を語っていただく対談企画の最終回です。前回は、「暗号の国際基準を動かした金研の底ヂカラ」でした。
最終回となる今回は、「情報技術と金融業の未来」です。

金研主催イベントの開催

副島(金融研究所長) 情報技術研究チームは、1998年の初回以降、ほぼ毎年「情報セキュリティ・シンポジウム」を開催してきています。ウェブサイトでテーマを一覧してみると(これまでのシンポジウム関係論文の一覧)、最先端の情報セキュリティを巡る課題が取り上げられ続けています。

岩下(敬称略) 第1回のシンポジウムでは、情報技術の国際標準化の動向、電子マネーを構成する技術と安全性評価、共通鍵暗号を取り巻く課題、公開鍵暗号の理論研究の動向などについて、金研のスタッフが外部の研究者とともに発表を行いました(第2・4回対談)。シンポジウムの模様や発表された研究成果については、 「情報セキュリティ ・シンポジウム  会議の概要」(金融研究 第18巻第2号)に詳しく纏められています。

シンポジウムは、金研における研究成果の蓄積を広く国内の金融業界の方々に知っていただき、情報セキュリティ上の課題を共有することを目的として開催を始めました。金融業界の方々から好評をいただいていることもあって、長く続けることができているのだと思います。

副島 シンポジウムに加えて、「情報セキュリティ・セミナー」も開催されていますね。

岩下 情報セキュリティ・セミナーを開催することになったきっかけは、2004年に大規模に発生した偽造キャッシュカード事件でした。当時、偽造キャッシュカードによる不正な預金引出しの被害が急増し、金融業界は厳しい批判を浴びていました。

金研では、事件が起こる前からキャッシュカードが抱える潜在的なリスクについて警鐘を鳴らしていました。1999年11月に開催した第2回シンポジウムでも、磁気ストライプを組み込んだキャッシュカードと4桁の暗証番号による認証方式を見直す必要性について指摘しています。しかし、残念ながらこうしたメッセージは金融機関に必ずしも届いていなかった、あるいはアクションを起こすまでには繋がらなかったということになります。

偽造キャッシュカード事件は大きな社会問題となりましたので、日銀内での関心も高く、役員向けに説明会を行うことになりました。その場で、キャッシュカードに限らず「情報セキュリティ上の潜在的な問題について、民間金融機関の経営層とも情報を共有すべきではないか」と問題提起されたことから、金融機関の経営層向けセミナーを2か月に1回の頻度で開催することになりました。

情報セキュリティ・シンポジウムの様子<撮影:野瀬勝一>

副島 当時は非公開のセミナーだったようですが、現在は原則誰でも参加できるオープンなセミナーに衣替えして、いまも年に2回程度の開催を継続しています。

岩下 きっかけは偽造キャッシュカード事件でしたが、その後もセミナーやシンポジウムなどの活動を通して、金融機関における情報セキュリティ対策の底上げに何がしかの貢献はできたのではないかと思っています。

情報技術は経営戦略の重要なツール。情報技術・情報セキュリティに関する研究活動はより一層重要に

副島 セキュリティだけでなく金融機関はITを経営戦略の重要なツールとして活用していかなければいけない時代になっています。とはいえ、いまだにシステム部門と経営戦略部門に距離があるケースがみられることも事実です。日本銀行においても同様だと感じています。

金融機関だけでなくあらゆる企業がIT企業化するなかで、ITは経営戦略の中核に位置しています。そしてデジタル化された情報の整備や流通、活用が鍵となっているからこそ、情報セキュリティの重要性は高まり続けています。

<次ページ:情報技術研究センター発足>

情報技術研究センター発足

副島 情報技術研究チームは、2005年、「情報技術研究センター」として活動をスタートしました。同センターは日銀内にできた初めてのセンター組織です。こちらの初代センター長も務められましたが、設立までの経緯をお聞かせいただけますか?

岩下 当時、日本銀行の組織改編があり、偽造キャッシュカードなども念頭においたセキュリティ問題への対応を研究面から支援する機能を担う部署として、情報技術研究センターが設立されました。情報技術研究センターの英語名はCenter for Information Technology Studiesであり、頭文字をとってCITECS(サイテックス)と呼んでいます。

CITECSは、金融分野で利用される情報技術に関する研究を行い、その成果を行内外に情報発信することによって、金融界・学界・IT実務家間の架け橋となり、ひいては金融業界における情報システムの技術革新に貢献していくことをミッションとしています。

副島 CITECSの発足以降、情報技術分野の研究はさらに活発化していきました。研究を進めるにあたり、この分野特有の難しさなどはありましたでしょうか。

岩下 金研は10年、20年先を見据えて調査研究を行う組織であり、近い将来に起こり得るイノベーションに向けて進むべき方向性を示すことが求められています。情報技術の進化は、他の分野と比べて人々にとって身近で、関心の高い分野でもあったことから、非常にやりがいがありました。

一方、情報技術には、イノベーションに繋がり得るという進歩的な側面と、セキュリティ対策という保守的な側面の両面があるので、アクセルとブレーキの両方を適切に使って進めていかなければいけないという難しさがあります。

副島 たしかに。そのアクセルとブレーキは見事に両立していると思います。CITECSの論文リストをみると、常に時代を先取りしたテーマが取り上げられているだけでなく、両者のバランスもとれています。

そして、さらに驚くのはテーマ選択の先見性です。いま必要な情報は、10年くらい前に執筆された論文を見るとちょうどよいという感じですね。20年前の論文についても、情報セキュリティを勉強するうえで必要な情報がきちんと整理されていて、非常に有益な資料になっていると思います。

金研の温故知新。時代をよみ、時代をリードする

岩下 私が1995年に初めて自分の個人名で執筆したレポートがいまだに引用されることがあります。インターネットの発達による銀行業の変化を考察し、銀行が進むべき方向性について示したものです。こうしたレポートがいま引用されているということは、30年近く前に予測した未来が今かたちになりつつあることを示しています。

FinTechのムーブメントによって金融機関の体質やスピード感にも変化が生じてきているように見受けられます。残念ながら、まだまだ歩みは遅いという印象を持っています。変革の遅さが、金融機関の競争力や金融ビジネスの可能性を削いでしまっているようにも感じています。

副島 民間金融機関だけでなく日本銀行への叱咤激励でもあると受け取りました。重要な課題であるにも関わらず、時代に乗り遅れているものが多いと思います。

今回の企画を進めるにあたり、金研40年の活動の歴史を振り返っていますが、金融産業が抱える本質的な課題は変わっていないという印象を持ちました。技術をいかに活用し、優れた金融サービスを創造し、ビジネスモデルを進化させ、経済成長や豊かな社会の実現につなげていくか。これには中央銀行サービスも含まれます。社会インフラのサービス業であるだけになおさらです。

岩下 そうですね。情報技術分野の課題に関しては、是非CITECSが執筆した論文や研究成果を参考にしていただきたいです。

副島 2025年にはCITECS設立20周年となります。時代をよみ、時代をリードする金融研究所であり続けたいと考えています。今後もOBとしてCITECSの活動にご協力くださいますようお願いいたします。今回は大変貴重なお話しをありがとうございました。組織知として引き継ぎ、未来に活かしていきたいと思います。

(おわり)

岩下直行
京都大学公共政策大学院教授。1984年日本銀行入行。情報技術研究センター長、下関支店長、金融高度化センター長、FinTechセンター長を経て、2017年より現職。金融庁参与、金融審議会委員、規制改革推進会議委員、国立情報学研究所・研究開発機構客員教授を兼務。


副島豊
日本銀行金融研究所長。修士(経済学:ワシントン大学)。1990年日本銀行入行。金融市場局、決済機構局、考査局(金融機構局)、調査統計局、国際局、海外事務所長、支店長、FinTechセンター長を経て、2021年より現職。


  • 本対談は、2022年9月上旬に開催しました。文中の肩書は対談時点のものです。
  • 本ニュースレター中で示された意見・見解は登壇者のものであり、登壇者が現在所属している、または過去に所属していた組織の公式見解を示すものでは必ずしもありません。