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金研ニュースレター:2025年ファイナンス・ワークショップ
日本銀行金融研究所では、2025年11月28日にファイナンス・ワークショップを対面・オンラインのハイブリッド形式で開催しました。今回で11回目の開催となった同ワークショップでは、「機械学習・AIのファイナンス分析への応用」をテーマに、3つの研究報告が行われました(プログラム)。
1. 開会挨拶
渡辺真吾(金融研究所長)は、ファイナンス分野において、機械学習やAI技術は早い段階から活用されてきたと述べ、ファイナンス・ワークショップにおいても、これまで関連するテーマを複数回取り上げてきたと紹介しました。そして、その後も大規模言語モデル(LLM)をはじめとするAI技術が目覚ましい進歩を遂げてきたことに触れ、こうした技術のファイナンス分析への応用について幅広い視点から議論が深まることを期待していると述べて、開会の挨拶を締めくくりました。
2. 本邦国債市場の流動性を機械学習の手法を用いて分析した研究報告
崎山登志之(金融研究所企画役)は、はじめに、近年、世界的に国債金利が大きく変動する場面が見られるもとで、国債市場の流動性に関心が集まっていると述べました。日本においても、長らく続いてきたマイナス金利政策が2024年に解除されて政策金利が引き上げられるなど、国債市場を取り巻く環境は変化しており、流動性を子細に考察することは重要であると強調しました。
そのうえで、崎山は、先行研究を参考に国債市場の流動性に影響を及ぼしうる数多くの要因(以下、銘柄特徴量)を整理し、それらと市場流動性の関係を機械学習の手法を用いて分析し、その結果を報告しました(小島早都子<日本銀行>との共同研究、資料1 [348 KB PDF])。
分析の結果、銘柄特徴量の1つである海外金融機関の取引割合について、その割合が増えると市場流動性は改善するものの、一定の水準を超えると市場流動性は悪化する傾向が窺われると指摘しました。こうした傾向は、海外金融機関の取引割合だけではなくて、中央銀行の保有割合や取引する金融機関の数といった銘柄特徴量でも確認されると述べました。また、特に2022年以降、市場流動性にはさまざまな銘柄特徴量が影響を及ぼしていると指摘しました。最後に、こうした結果を踏まえて、市場流動性と銘柄特徴量の関係を調べるうえでは、粒度の高いデータを用いて多くの銘柄特徴量を構築することや、複雑な関係を捉えられる機械学習の手法を用いることが有益であると論じました。
指定討論者の五島圭一氏(横浜国立大学)は、本研究は、日本国債市場の流動性の決定要因について、個別銘柄レベルの高粒度データを用いて包括的に分析したはじめての研究であり、市場流動性に関する新たな示唆を提供していると評価しました。そのうえで、今後の展望として、データ選択に関しては、機械学習の利点を生かしてより広範な特徴量を使用すること、機械学習の手法に関しては、分析期間を分割して構造変化を検証したり線形モデルと比較したりすることなどを通じて、市場流動性をより子細に理解していくことが望まれると指摘しました。
3. 機械学習の可視化手法の開発と日本企業の株式リターンへの応用に関する研究報告
篠潤之介氏(早稲田大学)は、機械学習の分析結果を可視化する手法として、SHAP (SHapley Additive exPlanations)の利用が急速に増えていることを紹介したうえで、SHAPの課題を指摘し、その解決策としてSHAPを代替する新たな手法を提示しました。また、SHAPおよびその代替手法を日本企業の株式リターンに応用し、その結果を報告しました(平木一浩氏<国際通貨基金>との共同研究、資料2 [3,021 KB PDF])。
篠氏は、はじめに、Lundberg and Lee [2017](参考文献1)を引用しつつ、SHAPは協力ゲーム理論の観点から見るとシャープレイ値と呼ばれる1つの解概念に基づいていると説明しました。そのうえで、協力ゲーム理論の解概念にはシャープレイ値以外にも提示されているとし、それらの解概念に基づくSHAPの代替手法を提示しました。特に、シャープレイ値の代わりに、残余均等配分やそれに関連する解概念を用いて得られるSHAPの代替手法について考察しました。その結果、SHAPの計算コストは、分析に使う特徴量の数に応じて指数的に増える一方、こうしたSHAPの代替手法では、線形的にしか増えないため、計算コストを大幅に削減することができると論じました。
次に、これらの可視化手法を日本企業の株式リターンの分析に応用し、SHAPおよびSHAPの代替手法により可視化した結果には特段の差異は見られないことから、提案したSHAPの代替手法は、計算コストを抑えつつ高い精度を持ちうる有力な手法であると論じました。また、日本銀行のETF買入れ額を特徴量として分析し、それが株式リターンに与える影響は買入れ額に関して非線形である可能性を指摘しました。
指定討論者の和泉潔氏(東京大学)は、近年、LLMの利用が拡大するなか、透明性と信頼性への関心が高まっており、SHAPなどの機械学習の分析結果を解釈しやすくするXAI(eXplainable AI)に関する研究の重要性が増していると述べました。こうしたもとで、本研究は、SHAPそのものの定義に立ち返って代替手法を導出するなど、これまでのXAI研究とは違う新規性・独創性の高い研究であると述べたうえで、最近の国際ワークショップでもしばしば議論されているSHAPの計算コストについて、解決策を提示している点も高く評価しました。今後の展望として、特徴量を増やした場合や特徴量間に強い相関が存在する場合に応用して、SHAPの代替手法の特徴を明らかにしていくことが重要であると指摘しました。
4. 日本企業の開示情報からLLMを用いて抽出したセンチメントと株式リターンの関係を分析した研究報告
岡田克彦氏(関西学院大学)は、はじめに、ファイナンス分野では、超過収益の源泉に関してさまざまな要因が報告されているなか、本研究では、このうちテキスト情報に新たな超過収益の源泉を見出すことができるかという問いに取り組んだと述べました(中筋萌氏、月岡靖智氏<いずれも関西学院大学>、山﨑高弘氏<大阪産業大学>との共同研究、資料3 [1,934KB PDF])。
岡田氏は、最初に、日本企業の有価証券報告書からセンチメント指標を抽出しました。次に、同指標の値が高いグループをロング、低いグループをショートするロング・ショート・ポートフォリオを構築し、先行き1年間のリターンを測定しました。センチメント指標を作成するにあたっては、極性辞書とLLMの両方を使い、うちLLMについては、BERTを日本の有価証券報告書を用いてファインチューニングしたモデルや、ChatGPT、Claude、Geminiといった既成LLMを用いています。これら5つの手法で作成したセンチメント指標それぞれについてポートフォリオを構築しました。
分析の結果、既成LLMベースのセンチメント指標を使って構築したロング・ショート・ポートフォリオから、超過収益が得られたことが示されました。一方、極性辞書やBERTファインチューニングモデルによって作成したセンチメント指標を用いた場合では、こうした超過収益は見られなかったと報告しました。これらの結果を踏まえて、既成LLMは高い文脈理解力を有しており、有価証券報告書を読解することで日本の株式市場の反応を予測できる可能性が示唆されると述べました。
指定討論者の中川慧氏(大阪公立大学)は、本研究について、日本の金融市場におけるセンチメントと資産価格の関係を長期かつ大規模に分析した数少ない研究であると述べたうえで、再現性の高いコードやデータに関する子細な情報を提示している点を含め、完成度が高く学術的意義が大きいと評価しました。そのうえで、LLMには、利用者にとって好ましい回答を生成してしまうバイアスなどのさまざまなバイアスが報告されていると指摘し、今後の展望として、センチメント指標の偏りやセンチメント指標と企業属性の関係を調べたり、センチメント指標の前年差を使用したりすることなどを通じて、バイアスがセンチメント指標に及ぼす影響に関する理解を深めていくことも重要であると指摘しました。
5. 閉会挨拶
中村康治(日本銀行理事)は、本日のワークショップを振り返り、今回の研究報告がいずれも、大量のデータを短時間で処理し一定の規則性を見出すというAIや機械学習の利点が発揮された研究成果であったと述べました。そのうえで、LLMをはじめとするAI技術は進歩を続けており、今後は、これまで考えもしなかったような活用も見出され、それが新たな研究や実務に応用されていくことを期待していると述べました。
最後に、金融研究所では、ファイナンス分野以外にも、経済、DX、法律といった多角的な視点からAIに関する研究を進めており、引き続き、学者・実務家の方々とも連携しながらAI活用を本格的に推進していくうえで議論を深めていきたいと述べて、閉会の挨拶を締めくくりました。
なお、ここに掲載した所属・肩書は、今回のワークショップ開催時点のものです。
【参考文献】
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- Lundberg, Scott M., and Su-In Lee, “A Unified Approach to Interpreting Model Predictions,” Advances in Neural Information Processing Systems, 30, 2017, pp.4765-4774. (1)