為替取引、特に為替オプション取引は、しばしばボラティリティ(分散・変動性)取引といわれる。こうした為替取引で重要な点は、為替レートの平均的な変化の方向のみならず、その変動の大きさ(ボラティリティ)であり、またそのボラティリティは一般に時間とともに変化しているとみられている。実際、最近の多くの実証結果からも、為替を含めた金融資産価格(株、債券、商品先物等)のボラティリティは、過去の値に依存して変化することが確認されている。
本論文では、このような過去の値に依存して変化するボラティリティをモデル化したTaylor(1980、1982、1986)の非線形ボラティリティ変動モデルに基づいて、日次および週次為替レートランダムウォーク仮説を、確率的トレンド対立仮説に対して検定する。ランダムウォーク仮説は、「過去の為替レートの変動から将来の変動の予測可能性を求めること」を否定した仮説であり、Taylorモデルでは、分散(ボラティリティ)が変化しうるモデルとして表現されている(収益率が無相関なモデル)。実証分析の結果は、日時レートについては、すべての標本期間に対してランダムウォーク仮説を棄却する。他方、週次レートでは、月曜日レートの変動はランダムウォーク的であると判断されるが、火曜日レートは比較的長いラグの系列相関をもった変動をし、ランダムウォーク仮説は常に棄却される。他の曜日については、4年間以上の標本期間では同仮説を棄却する。さらに資本自由化(1980年12月)前では、為替レート変動が過去と長い相関があったのに対して、自由化後ではそれが短くなっていることをみる。
上記のようにランダムウォーク仮説を棄却することは、将来の為替レート変動の予測可能性を認めることになるが、それが直ちに利益追求可能性とはならない。実際、利益追求可能性の問題は、変動の予測可能性に加えて、取引コスト等制度的要因が問題となる。その問題を議論するのが、1)市場の情報効率性の問題であり、我々の結果は市場の情報非効率性を部分的に支持する結果を提供する。特に資本自由化前と自由化後の比較結果によれば、自由化前では制度的要因に起因した予測可能性が明らかに高く、それによる利益追求可能性が高かったことを示し、日本の投資家と外国の投資家の間にはその予測可能性を実際に利用できる範囲に差があったことを示している。
またランダムウォーク仮説の成否は、リスク回避的効用関数を前提とした主体的均衡概念との斉合性、裁定理論的発想に基づくリスクプレミアム理論との斉合性、マクロ理論的モデルとの斉合性、等2)為替レート決定理論との関係でも重要となる。しかしこの問題はまだ十分に研究されていないのが現状である(例えばLevich(1985)、Isard(1987)、Takagi(1988)を参照)。この問題は、その解析的基礎とする経済学的先験性(理論)の設定の仕方に依存するため、一般的展開が難しい。
ランダムウォーク仮説棄却のもう一つの興味ある問題は、3)政策的インプリケーションである。この問題は複雑であり、まだ十分研究されていない。というのは、実際に観察される為替レートが仮にランダムウォーク的変動をしないとしても、それは政策的介入の影響を受けたことによる可能性があるためである。Corrado and Taylor(1986)は、介入がない場合の為替レートがランダムウォークであるとして、介入行動がその変動にどのように影響するかをみている。この論文では、彼らの結果を若干拡張し、介入行動のパターンによっては、介入が為替の変動性を拡大する可能性があることをみる。
その他、本論文の実証結果の重要な点として次の点が注記される。
(1) 昨日の価格のトレンドからの絶対偏差が今日の価格変化(ボラティリティ)に影響を与える割合は、平均的に約15%である。
(2) 新しい情報が将来に影響する持続期間は10日程度である。
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