2015年パリ協定において、世界の平均気温上昇を、産業革命以前に比べ1.5~2度に抑制することが目標とされたことに応じ、わが国でも2050年までにカーボン・ニュートラルを目指すことが宣言された。カーボン・ニュートラルや脱炭素へ向けては、炭素に価格をつけ、排出量をコントロールするカーボン・プライシングの活用が期待される。本稿では、排出量取引制度(キャップ・アンド・トレード)の会計処理をめぐる基準設定主体の議論、実務の状況を整理し、意思決定有用性および最適排出水準達成という2つの観点から、それらの合理性を検討している。特に、排出枠の割当時に排出枠返還義務を認識する方法(割当時負債認識法)は、排出総量に係る情報の適時性、表現の忠実性に優れる。しかし、純損益のボラティリティが利益の予測可能性を損なうとすれば、これを抑制する工夫が求められる。他方で、割当時負債認識法は、排出総量の削減が負債の減少と利得の認識をもたらすため、最適排出水準達成の観点から合理性がある。また、企業による排出量の開示と排出量の関係性を実証したところ、現行の開示制度は最適排出水準達成に寄与していると評価できる。
キーワード:排出量取引(キャップ・アンド・トレード)、意思決定有用性、リアル・エフェクト、TCFD 提言、サステナビリティ開示基準
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