金融研究 第20巻第3号 (2001年9月発行)

新規国債の日銀引受発行制度をめぐる日本銀行・大蔵省の政策思想
~管理通貨制度への移行期における新たな政策体系~

井手英策

 本稿の課題は、昭和5年2月に設置された「日本銀行制度改善に関する大蔵省及日本銀行共同調査会(以下、共同調査会)」における議論に基づいて、金本位制度から事実上の管理通貨制度へと通貨システムが転換する時期の財政・金融当局の政策思想を明らかにすることにある。この時期の政策選択(金本位制度の動揺と離脱、新規国債の日銀引受発行の開始)は歴史的にみて特筆すべき点があることは周知の事実だが、資料的制約からその政策意図は未解明であった。以下、実証課題とその結論を要約する。
 1. まず、日銀引受に関連する日本銀行の政策思想を検討する。引受に関しては「高橋蔵相の強力な要請に押し切られ、『一時の便法』としてこれを容認したもの(日本銀行百年史)」との評価が一般になされている。これに対し、「共同調査会」では金融市場への積極的介入が日本銀行の政策目標として説明され、金融機関への影響力の拡大、売りオペを通じた流動性吸収という政策課題との関連から日銀引受を肯定的に受容していった側面を明らかにする。
 2. 次に、井上財政期および高橋財政期の政策背景に注目し、日銀引受の成立を規定した財政・金融的要因を検討する。まず、政府預金勘定をめぐる大蔵省と日本銀行の対抗関係を検討する。日銀引受は、日本銀行の内部に設置された国庫(政府預金勘定)の資金繰り難を解消する点で大蔵省にとっての政治的合理性を持つものであった。続いて、公募発行の可能性や日銀引受以外の金融緩和策を検討する。当時の財政需要を勘案し、かつ、他の代替的な政策手段(例えば、買いオペによる流動性の供給)と比較しながら、日銀引受に一定の経済的合理性があったことを示す。
 3. 最後に、破局的なインフレへと突入していったその後の歴史的経緯を踏まえ、日銀引受の持つ合理性と日本銀行の制度設計の問題性を指摘したうえで、現代における調整インフレ論や日本銀行の歴史認識を再検討する。

キーワード:共同調査会、新規国債の日銀引受発行、国債保有限度額、売りオペレーション、金本位制と管理通貨制、無利子預金補填問題、公募発行


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