本稿の主題は、貸借対照表上の負債と資本の表示区分ルールが企業の発行する優先株式の発行条件に与える影響(会計ルールのリアル・エフェクト)について、日本の上場企業による優先株式の発行事例を分析することで明らかにすることである。日本の上場企業は、財務的に厳しい状況に直面したときに、普通株式の希薄化を避けつつ資本を増強するために優先株式を発行していると考えられる。このようなケースにおいて、会計ルールのリアル・エフェクトを考慮しなければ、合理的な企業は優先株式に金銭を対価とする取得請求権を付与することになる。ただし、日本の株式市場では、上場維持の条件として「純資産の額が正であること」を要求しているから、財務基盤の弱い企業は、会計上も優先株式の発行による調達額を「資本」として認識するインセンティブももっている。このとき、会計ルールが支払義務の有無によって優先株式の表示区分を決めるようなものであれば、優先株式に金銭を対価とする取得請求権を付与するか否かは、普通株式の希薄化を避けたいか、それとも調達額を「資本」に区分したいか、どちらのインセンティブが強いかによって決まる。このようなケースで企業が優先株式に金銭を対価とする取得請求権を付与していなければ、それは会計ルールにリアル・エフェクトがあることを示すものといえる。発行事例を分析したところ、優先株式の表示区分ルールにリアル・エフェクトが存在することを示唆する結果となった。なお、この会計ルールは表現の忠実性と経済効率性の間にトレードオフがあり、日本の会計ルールは後者の観点から合理的である。
キーワード:優先株式、リアル・エフェクト、負債と資本の区分、経済効率性、表現の忠実性
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