日本銀行金融研究所では、5月27日~28日に2026年国際コンファランスを開催しました。1983年に第1回を開催して以降、今回で31回目を迎えました。各国中央銀行、国際機関、学界等から約70名が参加し、「金融政策の新たな視野」をテーマに、講演、論文報告、特別鼎談、パネル討論が行われ、政策運営から経済分析まで幅広く議論されました。 [Program]
1. 開会挨拶
植田和男総裁(日本銀行)は、日本において過去50年間に生じた主なエネルギーショックの経験に関し講演しました。1970年代以降、エネルギー価格の急激な上昇に見舞われた出来事を5つ指摘し、その都度、原油価格上昇に対する物価上昇率の反応は異なっていた、と述べました。
まず、1973年の第1次石油ショックについて、ショックが生じた時点で経済はすでに過熱しており、典型的な賃金・物価スパイラルが生じた、と述べ、賃金が最も重要な波及経路であったことを強調しました。また、金融引き締めは、高インフレのメカニズムがすでに生じた後に行われたことを付言しました。対照的に、1979年~80年の第2次石油ショックでは、物価上昇率は極めて穏やかな水準に留まった、と述べました。より迅速な金融政策の対応に加えて、低めの物価上昇率、抑制された賃金、同ショック前に生じていた為替円高といった、有利な初期条件が背景にあったと指摘しました。
次に、2000年代半ばから後半にかけて原油価格が大幅に上昇したものの、日本経済がすでにデフレ均衡に陥っていたため、基調的な物価上昇率はほとんど変化しなかった、と述べました。一方、2021年頃に始まった局面では、外的なコストショックは一時的なものに留まらず、価格の上昇は広範囲に及んだ、と述べました。もっとも、1970年代前半のような賃金・物価スパイラルは起きず、中長期の予想物価上昇率はゼロ近くの水準から1.5~2%程度へと緩やかに上方シフトしたのみであった、と指摘しました。
最後に、これらを踏まえ、原油価格上昇の影響は賃金、期待、需要や為替レートに依存するため、中央銀行は原油価格を単独でみるべきではない、との含意を述べました。そして、原油価格ショックはインフレ・レジーム全体のテストでもある、とまとめました。足もとでは、5つ目の原油価格ショックに直面しているとしたうえで、初期条件、インフレ・レジーム、そして各国中央銀行の望ましい政策対応について、参加者の見方を聞けることを楽しみにしていると述べ、開会挨拶を結びました。
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2. 前川講演
ドナルド・コーン氏(ブルッキングス研究所)は、自身の経験と歴史からの教訓をもとに、中央銀行の独立性に関する前川講演を行いました。まず、米国における中央銀行の独立性への脅威は、1951年の連邦準備制度・財務省アコード以降、これまでみられなかった水準にまで高まっている、と述べました。そして、独立性の維持が、非常に重要な課題となっている、と指摘しました。
最初に、独立性が意味するところについて、明確に定義された目標、中央銀行への権限の委譲、委譲された権限の範囲、民主的な説明責任、法律、規範を挙げて説明しました。そのうえで、中央銀行の独立性を守るには、政策上の意見の相違は解任の理由にはならない、という原則を強調しました。
続いて、連邦準備制度に対する政治的圧力は、その範囲と激しさの両面において異例の水準にまで高まっている、と指摘しました。さらに、公的債務の増加、物価上昇率に対する下押し圧力の後退、負のサプライショックといった経済環境のもとでは、独立性がより必要とされるであろう、と述べました。
次に、独立性への支持をより得るために中央銀行に何ができるか、との問いに議論を転じました。中央銀行は中核となる目標に集中し続けるべきであり、可能な限り成果を上げなければならず、コミュニケーション、とりわけ議員や国民全般に届くコミュニケーションが重要である、と論じました。そして、政策は、エビデンスに基づく説明、柔軟性、謙虚さに立脚すべきだ、と強調しました。
また、困難な課題を2つ挙げました。第1に、持続不可能な財政運営であり、これは完全な財政支配が生じる前に独立性を脅かしかねない、と述べました。第2に、金融システムの安定であり、その責任は他の監督・規制当局としばしば共有される、と述べました。
最後に、次のように述べて前川講演を締めくくりました。現在は困難な時期にあるものの、独立性は持ちこたえてきた。なぜなら、これまでの歴史がその価値を示してきたためであり、今後も、独立性を繰り返し獲得してゆかねばならない。
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3. 基調講演
マーカス・ブルネルマイヤー教授(プリンストン大学、金融研究所海外顧問)は、5つの「AIの影響力」(AI-forces)を提示し、それらがマネー・金融・政策をどのように新たに形作るのかについて論じました。
第1の影響力は、委任と認識を巡る課題である、と述べました。すなわち、ソフトウェアが、人間が書いたコードから、出力を自ら検証する大規模言語モデルへと移行するなかで、理解の非対称性と情報の非対称性を特徴とするプリンシパル・エージェント問題が生じる、と説明しました。第2の影響力はスピードであり、その優位性は人間の業務をAIエージェントに委任させてしまうため、人間による管理の喪失が生じる、と論じました。第3の影響力として、AIによって統制範囲の拡大が可能になることから、組織の階層のフラット化と中間管理職の空洞化が生じる、と指摘しました。第4の影響力として、財・サービス・価格が超個人化(hyper-personalization)することによって、物価指数の計測方法や価格の粘着性に疑問が生じるであろう、と述べました。第5の影響力として、競争優位性の崩壊リスク(moat rupture risk)を挙げ、AIがスイッチングコストを低下させ、企業の固有リスクを高める、と述べました。
マネー・金融・政策への影響については、AIによる執行速度の高速化、AIトレーディング・エージェントへのより広範な委任、共通のモデルやデータの利用が市場構造を変化させ、規制をよりいっそう困難にする、と論じました。さらに、取引が高速化した市場では、マネーも同じ速度で扱えなければならず、トークン化されたデジタルマネーが必要となると指摘しました。そのもとでは、完全な決済、完全な信用供与、現金と同等のプライバシーの保護の3つのうち、2つしか実現できないような決済・信用・プライバシーのトリレンマが生じる、と述べました。
続いて、「大いなるAIへの賭け」(the big AI bet)に議論を転じ、足もとの投資は大規模ではあるものの前例のないものではなく、資金調達が負債へとシフトしている、と述べました。また、AI技術のリプライシングやAIによる生産性向上が実現しないリスクに触れたうえで、AI技術はデジタル通貨圏を構築することによって金融の世界を分断するかもしれない、と指摘しました。最後に、こうした困難な時期にレジリエンスを伴う成果を得る唯一の方法は、機敏であり続け、中央銀行などの機関・制度の信認を維持することだ、と述べて、講演を締めくくりました。
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4. 特別鼎談
特別鼎談の司会を務める氷見野良三副総裁(日本銀行)は、フィリップ・ジェファーソン副議長(連邦準備制度理事会)とフィリップ・R・レーン専務理事(欧州中央銀行)をゲストとして迎えました。氷見野副総裁は、最初に、サプライショックに対する金融政策対応について両氏に発言を求め、その次に、過去の事例から得られた教訓と中央銀行のコミュニケーションについて尋ねました。
ジェファーソン副議長は、最初に、エネルギー価格の上昇、AIの急速な進展、貿易の混乱という3つのグローバルな動向を取り上げました。次に、米国経済に議論を転じ、物価上昇率を2%の目標に引き戻すことに、引き続き確固としてコミットしている、と述べました。
レーン専務理事は、人口動態、グリーン・トランジション、AI技術といった「供給」面のショックが供給能力に影響を及ぼすのは将来であるのに対し、エネルギー部門における混乱の影響は即時に現れる、と論じました。さらに、そうした短期的な供給能力の低下を引き起こす混乱が繰り返し生じれば、潜在GDPを持続的に減少させる可能性があり、これは1970年代から得られた教訓の一つである、と述べました。
過去の事例から得られた教訓についての質問に対して、ジェファーソン副議長は、アンカーされた予想物価上昇率、政策の信任、経済構造の重要性を指摘しました。続けて、米国については、エネルギー効率の改善とエネルギー輸出国としての立場が、今回のショックを1970年代のショックよりも緩やかなものにしている、と付言しました。レーン専務理事は、大きなショックは極端に大きな影響をもたらすとする物価上昇率の非線形性を強調し、2022年対比、今回のショックの規模は小さく、それほど深刻にならない可能性がある、と指摘しました。
コミュニケーションについての質問に対して、レーン専務理事は、物価上昇率を中長期的に目標に引き戻すというコミットメントを示すことが、コミュニケーション上、最も重要であることを強調しました。ジェファーソン副議長は、金融政策では相殺できない一次的影響については謙虚さを保つ一方、二次的影響と賃金・物価スパイラルを防ぐためには行動すべきだ、と付け加えました。
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5. 論文報告セッション
論文報告セッションでは、物価上昇率や金融政策に関する研究が計4本報告され、討論者とフロア参加者も交えて活発な議論が展開されました。
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6. 政策パネル討論
今回のコンファランスのテーマ「金融政策の新たな視野」に合わせて、「金融政策と不均衡」と「変化する世界経済のもとでの金融政策」をテーマとした2つの政策パネル討論が行われました。
「金融政策と不均衡」をテーマとしたパネル討論では、星岳雄(教授、東京大学、金融研究所特別顧問)が座長を務め、ピエール=オリヴィエ・グランシャ(経済顧問兼調査局長、国際通貨基金)、アンドリュー・ハウザー(副総裁、オーストラリア準備銀行)、ロリー・ローガン(総裁兼CEO、ダラス連邦準備銀行)、エリ・レモロナ Jr.(総裁、フィリピン中央銀行)の4名のパネリストが討論を行いました。
「変化する世界経済のもとでの金融政策」のパネル討論では、アタナシオス・オルファニデス(教授、マサチューセッツ工科大学、金融研究所海外顧問)が座長を務め、ピーティ・ディスヤータ(副総裁、タイ銀行)、オースタン・グールズビー(総裁兼CEO、シカゴ連邦準備銀行)、M・アイハン・コーゼ(副チーフエコノミスト兼見通し局長、世界銀行グループ)、クレア・ロンバルデッリ(副総裁、イングランド銀行)、中村康治(理事、日本銀行)の5名のパネリストが討論を行いました。
* 文中の肩書は国際コンファランス時点のものです。