お金の歴史に関するFAQ(回答)

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Q1.日本で最初につくられた貨幣は何ですか?

A1.日本で最初につくられた貨幣は708(和銅元)年発行の和同開珎とされていましたが、それより前に富本銭がつくられていたことがわかりました (1998年の飛鳥池遺跡の発掘成果による)。さらに、それ以前にも、無文銀銭が用いられていたことも明らかとなっています。

Q2.昔のお金の孔(穴)が四角いのはなぜですか?

A2.銭貨に四角い孔があいていることの起源は、紀元前3世紀に秦(中国)の始皇帝の時代に作られた「半両銭」まで遡ります。孔が四角い理由の1つは、当時の中国では、天は円形(丸)、地は方形(四角)と考えられており、中央に正方形の孔をあけた円形(円形方孔)は、天と地を組み合わせた縁起の良い形とされていたためと言われています。また、もう1つの理由は、銭をつくるときの最後の工程で、穴に四角い棒を通して固定し、銭の側面を磨いたためと考えられます。円形方孔の銭貨は、その後、東アジアに広まり、日本でも1,000年以上の間使用されました。

Q3.渡来銭やびた銭と呼ばれる貨幣とはどのようなものですか?

A3.渡来銭とは、東アジア(主に中国)から日本へ渡ってきた銭貨のことです。日本では10世紀末から16世紀まで国家による銭貨鋳造が行われず、12世紀以降渡来銭が貨幣として広く流通しました。16世紀後半には、こうした銭貨を「ヒタ(びた)」と呼んでいた例があります。当時、「ヒタ(びた)」は良質とされた永楽通宝(明銭)よりは質が劣るものの、広く流通していた銭貨であり、必ずしも質の悪い銭という意味で使われていなかったと考えられています。びた銭(鐚銭)が質の悪い銭という意味で使用されるようになったのは、これよりあとの時代とされています。

Q4.江戸時代のお金の単位はどのようなものですか?

A4.江戸時代には、金貨、銀貨、銭貨の3種類の貨幣が使われていました(三貨制度)。金貨は小判1枚=1両を基準として、それ以下を4進法の単位で表す貨幣(1両=4分=16朱)、銀貨は重さで価値を表す貨幣で基本単位は匁(1匁≒3.75g)でした。銭貨(銅)は1枚=1文とする貨幣でした(1,000文=1貫文)。三貨間の交換は幕府による公定相場(18世紀の公定相場:金1両=銀60匁=銭4,000文)がありましたが、 実際には時価相場で交換されていました。

Q5.江戸時代の一両の現在価値はどのくらいですか?

A5.江戸時代における貨幣の価値がいくらに当たるかという問題は、大変難しい問題です。世の中の仕組みや人々の暮らしが現在とは全く異なり、現在と同じ名称の商品やサービスが江戸時代に存在していたとしても、その内容に違いがみられるからです。

 ただし、1つの目安として、いくつかの事例をもとに当時のモノの値段を現在と比べてみると、18世紀においては、米価で換算すると約6万円、大工の賃金で換算すると約35万円となります。なお、江戸時代の各時期においても差がみられ、米価から計算した金1両の価値は、江戸初期で約10万円前後、中~後期で4~6万円、幕末で約4千円~1万円ほどになります。

詳しくは「江戸時代の1両は今のいくら?―昔のお金の現在価値―」(2,342KB pdf)をご覧ください。

Q6.日本最古の紙幣は何ですか?

A6.日本最古の紙幣は、江戸時代初頭の1600年頃に伊勢山田地方(現在の三重県伊勢市)で流通し始めた「山田羽書」です。「山田羽書」は伊勢神宮の御師(神職)によって銀貨の釣銭代りに発行された、端数銀貨の預かり証で、それが同地域内で紙幣としての役割を果たすようになりました。「羽書」は「端数の書付」の意味を持っています。その後、江戸時代を通じ各地の藩や商人などにより、各地域内で通用する藩札・私札などが大量に発行されました。

Q7.江戸時代の大判は何の目的でつくられましたか?

A7.大判は軍用・賞賜・贈答などに用いるためのもので、江戸時代を通じて5種類(慶長・元禄・享保・天保・万延)の大判が発行されました。形態は豊臣秀吉がつくらせた天正大判を継承し、金の含有率は68%前後とほぼ一定でした(但し、元禄大判は52%、万延大判は37%)。大判の表面には「拾両」と墨書されていましたが、これは重さ(165g)を示すもので、小判10枚分という意味ではありません。両替の際には、金の含有量により換算され、近世前期は概ね7両2分に相当しました。

Q8.江戸時代の貨幣改鋳の目的は何ですか?

A8.江戸時代は全期間を通じ度々貨幣の改鋳が行われ、金の含有量や重さの異なる小判や丁銀が発行されました。正徳・享保の改鋳を除き、それ以前に発行された貨幣よりも金の含有量や重量を落とす改悪が行われました。改鋳の主な目的は、貨幣の発行増に伴う発行差益の獲得(幕府財政の窮乏の打開)、経済の発達に伴う貨幣需要の増大や原材料の不足への対応などでした。改鋳の結果、物価の騰貴をもたらし、庶民の生活は困窮しました。

 なお、正徳・享保の改鋳では、元禄・宝永の改鋳がもたらした物価の騰貴などを是正するため、慶長金銀と同じ金・銀の含有量に戻しましたが、貨幣流通量が減少し、物価の下落や経済の停滞を招きました。これを受けて、元文の改鋳では、金・銀の含有量を減少させることによって、貨幣量の適正化をめざし、その後、経済・物価は80年にわたり安定しました。

Q9.円という単位はいつから使われたのですか?

A9.明治政府は、1871(明治4)年「新貨条例」を制定し、「円」を基本の貨幣単位とし、「円」の1/100を「銭」、「銭」の1/10を「厘」としました。それに基づいて、金1.5g=1円とした近代洋式製法の新貨幣が発行されました。円の起源については、1.貨幣の形状を全て円形に統一したため「円」と名付けた、2.中国で西洋の円形銀貨を「銀円」「洋円」といっていたことが幕末に日本に伝わり、金の単位「両」を「円」ということがあった、3.英国香港造幣局の造幣機械を日本が譲り受け、香港銀貨の「一円」という名称を採用した、といった説があります。

Q10.明治期の政府紙幣、国立銀行紙幣とはどのようなものですか?

A10.政府紙幣は、明治初期に政府によって財政の窮迫・新貨幣の不足への対応、殖産興業資金の供給のため発行された紙幣のことです。最初に「両」単位の太政官札(1868年)、次いで「円」単位の大蔵省兌換証券(1871<明治4>年)、新紙幣(「明治通宝札」、1872<明治5>年)、改造紙幣(「神功皇后札」、1881<明治14>年)などが発行されました。国立銀行紙幣は、殖産興業資金の供給のため、政府紙幣とは別に、国立銀行(民間銀行)に発行させた紙幣です。当初、国立銀行は、保有している金を上限として紙幣を発行すること(兌換紙幣)となっていましたが、その後、金の保有量を上回る紙幣(不換紙幣)を発行できるようになり、発行量が増大しました。そうしたもとで、西南戦争の戦費調達のため政府紙幣の発行量も増大したことから、激しいインフレが生じました。通貨の安定をはかるべく、日本銀行が設立され、日本銀行券(兌換銀行券)が発行されると(1885年)、政府紙幣も国立銀行紙幣も1899年に通用停止となりました。

Q11.兌換銀行券とはどのようなものですか?

A11.兌換銀行券は、発券銀行が保有者の要求に応じて同額の金や銀と引き換える約束をもとに発行した銀行券のことで、日本では国立銀行紙幣や戦前の日本銀行券などが挙げられます。1884年に公布された兌換銀行券条例により、日本銀行は、銀本位制のもとで、銀と交換ができる「日本銀行兌換銀券」を発行しました。1897(明治30)年、日本が金本位制を採用すると、金兌換券(「日本銀行兌換券」)となりました。1931(昭和6)年には、日本銀行券の金兌換が停止されました。その後、1942年の日本銀行法制定によって、兌換制度が廃止され、管理通貨制度に移行しました。

Q12.裏白券とはどのようなものですか?

A12.第一次世界大戦が終わり、ヨーロッパ諸国が復興してくると、日本の輸出は減少し、各産業は不況になり、1923(大正12年)年関東大震災にもみまわれ、日本経済は大きな打撃を受けました。そうした中、1927(昭和2)年に金融恐慌が起き、人々が預金の引き出しに殺到する取付け騒ぎが拡がり、日本銀行券が不足したため、急遽裏面の印刷を省いた200円券(裏白券)が発行されました。日本銀行は多額の日本銀行券を発行し、預金者の不安を静めることに努め、政府は3週間のモラトリアム(支払猶予令)を発令するなどの対策を講じました。

Q13.昭和40年の1円の現在価値はどのくらいですか?

A13.物やサービスの種類によって、価格の上昇率がまちまちであるため、お金の価値を単純に比較することはなかなか困難です。そこで、「今の物価は、昭和40年と比べてどのくらいの水準なのか?」という質問に置き換え、いくつかの数字を使って考えてみましょう。昭和40年当時に1万円で取引されていた物が、現在は何円ぐらいなのか、ということから、大体の価値が見えてきます。

 ここでは、企業物価指数および消費者物価指数が1つの参考材料になります。企業物価指数を見ると、平成28年の物価は昭和40年の約2.0倍なので、昭和40年の1万円は平成28年の約2.0万円に相当する計算になります。また、消費者物価では約4.1倍なので、約4.1万円に相当するという計算になります。

 このように価格上昇率のモノサシとして何を使うかで計算結果はまちまちですので、あくまでも参考計数として考えてください。

詳しくは日本銀行ホームページ(公表資料・広報活動>日本銀行の紹介>教えて!にちぎん>日本銀行や金融についての歴史・豆知識) をご覧ください。

Q14.銭という単位はいつまで使用されたのですか?

A14.第二次世界大戦後、日本は戦争によって多くの生産設備が失われたうえ、戦後処理費として巨額の財政支出が行われていたため、激しいインフレに見舞われました。このため、「銭」単位の貨幣は、事実上、使用価値を失いました。その後、1953(昭和28)年に、正式に銭が廃止され、「円」単位のみが使用されることになりました。