金融研究 第4号 (1979年9月発行)

時系列分析について

折谷 吉治

 本稿は近年学会や欧米中央銀行等で注目を集めている時系列分析の内容およびimplicationを概説したものである。
 時系列分析(time series analysis,時系列解析とよぶ場合もある)という用語は経済分析の中では従来、クロス・セクション分析に対するものとして、時系列データを取り扱う統計的分析手法といった漠然とした意味で使われてきた。しかし最近では、「確率過程論」を基礎とする時系列データ分析の分野を計量経済分析と区別して、とくに「時系列分析」と呼ぶようになっている。
 時系列分析の発想に基づく経済分析の源流は1920年代の米国NBER(National Bureau of Economic Research)による景気指数の分析にまで遡ることもできようが、前記のような「確率過程論」に基づく時系列分析の経済分析への適用は、1970年代に入ってから急速に盛んになったものである。たとえば、米国では連邦準備制度理事会(参考文献〔9〕参照)、ニューヨーク連銀〔10〕等がマネーサプライの分析や予測の手段として研究を進めており、ミネアポリス連銀は1975年11月に"New Methods in Business Cycle Research"と題するconferenceを開催している〔11〕。
 時系列分析が注目されるのは、統計的的な技法として高度である点もさることながら、実証分析のあり方、考え方について再検討を迫る面をもっているからである。たとえば、上記conference提出論文集ののはしがき〔11-2〕で、ミネアポリス連銀のWilles総裁は「時系列分析に関する研究は単に狭い統計技術上の問題にとどまらず、われわれが現実の経済について一体どれ程わかっているのかという経済学の核心(the very core of economics)についても考えさせてくれる」と深い関心を示している。
 たとえば、時系列分析は実証分析の基本的前提である「実証可能性」の問題についてひとつの明確な考え方を提起している。
 まず、分析の前提の置き方に関するものである。たとえば、従来の計量経済分析では、「政策当局が決める」変数(「政策変数」)を経済変動の起点であるとa prioriに前提("econometric exogeneity")したうえでモデルを計測することによって、現実の経済メカニズムを描く(「実証」する)ことができるとしてきた。しかし、時系列分析を主唱する人々は、もし政策当局がモデルの内生変数の変化に対応して行動(政策変数を決定)しているとすれば、政策変数は「統計的な意味での外生性」を失うこととなるので、そのモデルで現実を「実証」すること自体ができないのではないかとの疑問を統計学的見地から提出する。時系列分析の考え方によれば、実証分析に際しては、まず諸変数間のcausality(因果関係)を統計的にチェックして、統計的な意味での起点(真の外生変数)を見付けるべきであるとされる。
 次に、分析の単純さの持つ意義についてである。時系列分析の示唆するところによれば、経済分析のように実験ができず、したがって限られたデータ数(データ期間)をもとに実証分析を行わざるを得ない場合には、データ数に対応した単純なモデルで現実の動きの本質的な側面を描く必要がある(「ケチの原理(principle of parsimony)」と「情報量基準」)。かりに前記の実証可能性の観点からみて妥当な分析が行えるとしても、経済メカニズムの内部を知ろうとして過度に複雑なモデルを「実証」しようとすると、かえって全体像ないし本質的な部分が見失われてしまう(パラメーターの信頼性喪失)こととなる。このことは複雑精緻な分析が必ずしも良い結果をもたらさないという体験を通じて既に多くの人々が知っていたことであるが、時系列分析の発展はこうした考え方の重要性を理論的に明らかにし、これを再認識させることとなった。
 上記のような認識とケインジアン型経済モデルに対する経済理論面からの原理的批判(「合理的期待の理論」<〔12〕、〔13〕>等)とが相まって、近年は少数の時系列データを用いた単純なモデルを用いて分析や予測を行ってみようという試みが盛んになっている。本稿で述べる分析の方法や研究例はいずれも一見きわめて単純なものであるが、そこには上記のような理論的ないし方法論的背景があるのである。
 第2章では時系列分析の理論について述べる。時系列分析は経済が人々の過去のいきさつ、経験、知識等に基づく行動によって動いているということを重視し、経済変数の時間を通ずる関係(動学的な関係)に分析の焦点を当てている。その意味で時系列分析は時差相関分析を発展させたものといえよう。時系列の動学的関係を数式で表わしたものに「ARMAモデル(Auto-Regressive Moving Average model)」があるが、これは各変数を、自己ないし他変数の現在ないし過去の値と「white noise」と呼ばれる確率変数との一次結合で表わしたものである。この章では「ARMAモデル」について述べ、さらに時系列分析において基本的な役割を果たす時差相関係数(相互相関関数、自己相関関数)と時系列モデルとの関係を述べるとともに、時系列モデルの推定に当っての問題である次数の決定(過去のどの時点までをモデルに組み込むか)についても最近開発された手法(AIC基準の適用)を紹介する。
 第3章では時系列分析の応用として、予測および"causality"の検証について述べる。時系列モデルによる予測は計量予測などに比べて手数がかからない割に精度がよいとして、前記のように連銀等でも試みられている。1変数時系列モデルによる予測は、過去の動きを描いたグラフの規則性をなぞって先に伸ばすといった古くからある方法(たとえば株のケイ線)を精緻化したものといえる。また"causality"の検証は、因果関係即予測可能性と仮定することによって、因果関係の存否をチェックしようとするものである。つまり、変数yの現在・過去値を単純に延長してその将来値を予測するよりも、他の変数xの現在・過去値を用いる方が予測力が高まる場合に、xからyへの因果関係ががあると判断しようとするものである。因果関係を知る最良の方法は実験により種々の変数を実際に動かしてみることであるが、実験のできない経済分析では上記のようなcausality checkが有力な方法といえよう。
 第4章では、「時系列分析」と計量経済分析との関係について述べる。これは「時系列分析」による実証分析の方法論的背景を述べることにもなり、従来の計量経済分析の抱える原理的な問題を検討することにもなる。もっとも「時系列分析」がいますぐ計量経済分析にとって代わりうるわけではなく、経済理論と統計理論に基づく実証分析とのより整合的な結合の手法について現在、経済理論・統計技法の両面から研究が進められている段階にあるが、いずれにせよ、実証的な判断を行う場合にただ1つの方法のみに依存するのは安易かつ危険である。最近の方法論の成果も十分にとり入れたうえで各種の実証分析を行い、その結果を虚心に比較してみることが必要と思われる。
 時系列分析には2つのアプローチがある。ひとつは、時間をexplicitに取入れたモデルで分析するもので、これは「時間領域分析(time domain analysis)」と呼ばれる。もうひとつは、時系列を周波数の観点からみる「周波数領域分析(frequency domain analysis)」で、これは「スペクトル解析(spectral analysis)」と呼ばれる。両者は、元来表裏一体の関係にあり、分析目的に応じて適宜使い分ければよいという面もある。従来周波数領域分析が多かったが、本稿では近年盛んになりつつある時間領域分析を中心に述べ、周波数領域分析については〔付〕においていくつかの用語および応用例を紹介するにとどめた。
 本稿で述べる「時系列分析」の手順および相互関連を概観すると次頁図のとおりである。また、本稿は時系列分析の考え方をできるだけ直観的に概観することを旨としており、正確な理論的展開に関心のある場合は末尾に掲げた文献を参照されたい。
 なお、時系列分析をわが国経済の分析に応用した例として、〔14〕ではcausality検証への応用、〔15〕では予測モデルとしての応用、などが行われている。(注)

 (注)このほか、本研究資料所収第3、4論文もわが国経済への応用である。

 本稿作成に当っては、東京大学竹内啓教授、文部省統計数理研究所赤池弘次第5研究部長および同研究部北川源四郎氏から、基礎的知識や考え方に関するご指導のみならず、草稿に目をお通しいただくなど、大変お世話になった。もちろん、本稿の内容についての責任は筆者個人に属するものであり、上記先生方とは関係がない。


掲載論文等の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融研究所の公式見解を示すものではありません。

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