金融研究 第3号 (1979年8月発行)

フロート制下における為替市場への介入について
−介入是非論に関するサーベイを中心に−

厚母義夫

 フロート制下における為替市場介入の是非は、既に固定相場制の時代から、変動相場制是非論の一環として様々な形で論じられてきたところである。確たる結論が見出されないまま、73年以降の「管理されたフロート制」下で、市場介入が既成事実となっているが、本稿は、為替市場介入の有効性と妥当性とに関するこれらの議論を整理するとともに、介入を通ずるmonetary discipline確立の問題についても若干検討したものである。
(介入の有効性)
 介入の有効性は為替レート決定メカニズムをどう考えるかということと不可分の関係にある。
 最近では、為替レートは日々のフローとしての為替需給によって決まるというよりも、各通貨ストック間の需給(以下通貨需給という)によって決まるという考え方が強くなっており、しかも通貨需給の先行きに関する市場関係者の予想が現時点における為替レートに大きな影響を及ぼすと考えられるようになっている。
 為替レートがこのようにして決まるという考え方をとると、短期的には、介入それ自体が為替需給の一構成要素であることから生ずる効果よりも、介入が市場関係者の通貨需給に関する予想に及ぼす影響を通ずる効果の方がより重要であることとなる。また介入の長期的有効性は、介入に伴うハイパワード・マネーの増減が通貨需給を長期的にどの程度変化させるかによって決まることとなる。
(介入の妥当性)
 まず、介入の妥当性を為替市場の安定化(所謂smoothing operation)という観点から論ずる場合には、1.民間投機は本来為替市場を不安定にするものか否か、2.為替レート変動それ自体が新たな攪乱要因として働くか否か、が中心的な論点となっている。いずれについても、古くから肯定・否定両論が鋭く対立して決着はつけ難いが、少なくとも次のような点については多くの論者の見解が一致しているといえよう。
 1.については、民間投機はケース・バイ・ケースで安定的にも攪乱的にも作用するので、民間投機との関連で介入の妥当性を一概に論ずることはできない。
 2.について決め手となるのは、為替レート変動の基本的な要因(fundamentals)に関する情報がどの程度市場関係者の予想に、ひいては現実の為替レートに反映されているかであり、十分反映されていれば為替レート変動それ自体が新たな攪乱要因となることにはならない。例えば、Jカーブ効果による貿易収支不均衡拡大がみられる時でも、同効果の一過性を民間が正しく認識して為替レートの予想を形成しているのであれば、Jカーブ効果による貿易収支不均衡拡大→為替レート変動→Jカーブ効果による貿易収支不均衡の一層の拡大、といった悪循環的な為替レートの変動は生じない筈である。
 次に、経常取引者(輸出入業者)の負担軽減、資源配分の効率化など、厚生経済学的観点から介入が必要であるとする議論もある。しかし、こうした議論には、1.上記のような目的達成のために何故介入という政策手段が割当てられねばならないのか不明瞭なこと、2.極めて特殊な前提(例えば、経常取引者は投機的な為替ポジションを形成しない)を置いていること、などの問題点があり、十分な説得性をもっているとはいい難い。
(介入を通ずるmonetary disciplineの確立)
 以上とはやや視点を異にするが、近年共同介入の必要性を訴える主張が強まっていることも見逃せない。その背景には、為替レートの安定のために基本的に必要な国際的政策協調が困難な状況下では、共同介入という国際的な枠組によって赤字国のインフレ圧力に「タガ」をはめ、赤字国にmonetary disciplineを取戻させる他ない、という現実的な判断があるものとみられる。もっとも、こういった構想は黒字国にとって、介入に伴うハイパワード・マネー増加→調整インフレの可能性というリスクを含んでいる。
 この黒字国側のリスク負担を避けるため、赤字国こそ本格的介入を行うべしと主張されることも多い。しかし、1.介入が赤字国によって行われても、結局は黒字国のハイパワード・マネーが増加する、2.介入を行う赤字国の介入外貨調達方法如何によっては、当該外貨発行国(黒字国)当局の赤字国通貨保有が増加するが、それが同赤字国市場で運用されると、結局赤字国のハイパワード・マネーは減少しないこととなる。


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