本稿は、わが国企業金融の構造および企業行動を分析するための前提として、これまでわが国の企業金融のきわだった特色とされてきた観念、すなわち1.低い自己資本比率(他人資本の優位)、および2.高い金融機関依存度(間接金融の優位)(注1)について、日米両国企業のバランス・シートの比較を通じて再検討したものである。その結論は次の3点である。
1.従来の事実関係の検証方法は、表面的かつ一方的であって修正を要する。すなわち日米両国の間には、企業の有する資産の含み益、リース・金融子会社等を利用した資金調達方法の普及度合、或は社債の発行・消化態様等に関して重要な差異があり、バランス・シートから財務構成上の特色を比較検討する場合には、こうした差異を調整しなければならない。
2.必要と思われる修正を行うための情報はきわめて不十分であり、したがって日米間の異同について断定的な結論を下すことは危険である。
3.もっとも、そうした制約のもとではあるが、前記の差異の程度を推計して仮に修正を行ってみた結果では、企業金融の日米間の相違は少なくとも大幅に縮小する。
そうだとすると、従来の一般的議論にややもするとみられたように、日本企業の特殊性を表面的に強調してこと足れりとするのでは不十分であろう。むしろ1.彼我の違いにこだわらず、一般的な企業金融理論に基づいて、わが国企業の行動を理論的に説明すること、2.何故環境を異にする日米両国の企業の金融構造に多少とも類似の点が生じるのかを分析し、理解する方向で対処すること、が必要ではないかと思われる。
本稿自体は決して新たな理論を提出しようとするものではなく、むしろ理論が前提ないし説明すべき現象について検討しているに過ぎない。positiveな分析は全て今後の課題である。また、本稿は冒頭に示したバランス・シート上の特徴に関する固定観念を問題としているのであって、それ以外のこと、たとえばわが国における銀行の影響力の強さといったことを否定しようとするものではもちろんない。
なお、本稿作成過程における会計上の問題については、米国証券アナリスト協会会員、三国陽夫氏およびMorgan Stanley lnternational Inc.社許斐勝夫氏から有益な助言を頂いた。本稿は1978年度六甲コンフアレンス(53年7月)に提出した報告論文を加筆、修正したものである。
--------------------------------------------------------------------------------
(注1)日本の企業金融の「特徴」を語る場合、従来「銀行貸出金利が規制によって低位硬直的」であることが第一に挙げられることが多かった。この点についても、本号第2論文において疑問を提起するとともに、alternative viewの提出を試みた。
掲載論文等の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融研究所の公式見解を示すものではありません。