金融研究 第13号 (1982年6月発行)

為替レートとリスク・プレミアム

深尾光洋

 世界主要国が48年初に変動相場制に移行して以来の為替レートの変動は、大方の予想を上回る大幅なものであった。こうした為替レートの変動を説明するものとして、近年マネタリー・アプローチが注目されてきたが、この理論では、為替レートの短期的大幅変動については期待の変化によって説明できるものの、購買力平価から乖離した中期的な大きなうねりについては、うまく説明できないという問題がある。これは、資本移動(内外通貨建資産間の選択)というストック要因と経常収支というフロー要因とが、外国為替需給の場で統一的に理解されていないためと思われる。
 本稿では、外国為替の需給の概念を整理し、明確化した上で、従来のマネタリー・アプローチに代わる新たな為替レート決定理論を構築する(注1)。すなわち、まず、第2章では、ミクロ的観点から外国為替市場における個々の投資家の為替リスク・マネージメントを検討し、この結果得られる個々の投資家の外貨建資産需要関数の総計として1国ベースの外貨建資産需要関数を導出する。
 第3章では、マクロ的観点から、1.2国間の経常収支不均衡の累積額は、当該2国の投資家が為替リスクを負担することによりファイナンスされざるをえないこと、また2.このことから外国為替市場の需給均衡条件が導出されること、を示す。そして、この需給均衡条件と前章で提示した外貨建資産需要関数とを結び合わせて、為替レートの決定式を導出する。それによれば、
 為替レートは、購買力平価で決まる均衡値(以下均衡レートと呼ぶ)から内外実質金利格差とリスク・プレミアムの合計分だけ乖離し、そのリスク・プレミアムは両国間の純貸借残高(これは、契約ベースの累積経常収支にほぼ等しい)に比例するように決まる
ことが示される。
 また、この第3章では、上記理論から得られる変動相場制下での為替政策へのインプリケーションを論じるが、その主なものは次のとおりである。
 1.ある国が経常収支の黒字を続け、対外資産残高を増加(あるいは対外負債を減少)させると、その国の為替レートは他国通貨に比べ上昇する。
 2.ある国の実質金利が上昇すると、その国の為替レートは他国通貨に比べ上昇する。
 3.政府の為替介入は、民間で負担しなくてはならない為替リスクを軽減することとなるので、為替レートの変動を小さくする効果がある。
 4.為替管理は、民間部門が外貨建資産を保有できる限度額を制限する結果、為替レートの変動をむしろ拡大する効果がある。
 第4章では、本稿で構築した為替レート決定理論をテストするため、日本、イギリス、スイス、西独、カナダの5か国通貨の対ドル実質為替レート(5か国と米国とのインフレ率格差を調整した為替レート)を実質金利差とリスク・プレミアムで回帰分析する。その結果をみると、特殊事情が響いたとみられるイギリス(北海油田の生産本格化)を除き、日本、スイス、西独、カナダについては、総じて理論から予想される通りの結果が得られた。すなわち、イギリス以外の国については、リスク・プレミアム、実質金利差両者ともに符号条件を満たしており、かつスイス、西独の実質金利差以外はすべて統計的に有意であった。こうした結果から、本稿で提示した理論は実際のデータによっても大筋で支持されているといえよう。


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(注1)本稿は、深尾光洋が56年5月にミシガン大学へ提出したPh,D.論文Fukao〔16〕を要約したものである。なお実証分析については、最近のデータを使用して再計測した。


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