金融研究 第39巻第4号 (2020年10月発行)

賃金上昇が抑制されるメカニズム

尾崎達哉、玄田有史

本論文は、人手不足が深刻さを増す一方、賃金の顕著な上昇がみられない背景について最新データを用いて考察した。労働供給の拡大が収束し非正規雇用の労働市場がルイスの転換点を迎えれば、賃金は今後急速に上昇する。その可能性は世帯所得と留保賃金の高い人々の参入が始まった女性について大きい。引退が抑制され非正規求人の受け皿となってきた高齢者も、団塊世代が70歳代となり労働市場からの退出が本格化すると、賃金上昇に早晩転じる可能性はある。正規雇用では月給削減を嫌う労働者の心理により、企業は将来の賃下げにつながりかねない現在の賃上げを回避しがちなことが指摘されてきた。そこで毎月の給与に代わって賞与が柔軟な配分をもたらす可能性も検証した。実証分析からは業績の悪化に対しボーナスは大きく下方調整される一方、業績の改善に応じたボーナスの上方調整は限定的だったことが明らかとなった。さらに人材流出防止策として特別給与は中高年より若年に手厚く配分される傾向があり、それは高齢化し流動性の低下した正規雇用の報酬停滞につながった。賃金、単位労働費用、労働生産性の関係についての考察では、製造業、建設業、飲食業等では賃金上昇を労働生産性向上が相殺することで単位労働費用の上昇を抑制してきた。半面、他の産業では賃金上昇が労働生産性の伸びを上回り、物価上昇の誘因となりうる状況も存在した。

キーワード:労働供給、ルイスの転換点、留保賃金、上方硬直性


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