金融研究 第25巻第1号 (2006年3月発行)

戦間期における地方銀行の有価証券投資

粕谷誠

 戦間期は金融危機の時代であったが、とくに1920年代は株価が不振であったことと事業債への依存度が高い電力産業が勃興したことによって、事業債による資金調達の割合が上昇した。公社債は主に金融機関によって消化され、金融機関の資金運用に占める公社債の割合も増加した。
 本稿は、戦間期における銀行の有価証券投資が、経営にいかなる意味をもっていたのか、百十銀行、百五銀行、愛知銀行、秋田銀行を事例に、営業報告書記載の有価証券明細表に基づいて考察する。関東大震災から昭和恐慌期までは、事業債の保有が増加し、国債の比重が低下した。銀行が事業債・地方債を保有した動機は、貸出需要が低迷し、十分な利鞘が得られず、「遊資」を消化する必要があったためであった。高橋財政期になると国債の新規大量発行により、国債の比重が増加していった。1930年代では、とくに国債で既発債券の購入が増加しており、債券市場が拡大していたことが確認された。しかし売却額には、取付けに対応するための売却が大きく影響しており、また国債・地方債・金融債・事業債のうちのどれを売却するかについても、債券の流動性の相違だけでは、各行の行動は説明できず、支払準備の政策全体や規制について考察する必要が確認された。1931年の有価証券評価損を除けば、有価証券の評価損は、有価証券の含み益・実現益で処理できる範囲のものであり、不良貸出についてもほぼ同様の傾向にあり、安定的な利益が計上され、安定配当が行われたことが確かめられた。

キーワード:金融危機、地方銀行、有価証券、社債、戦間期


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