本稿では、1978年~1997年のデータを用いて、主要先進国(日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、カナダ)における需給ギャップと物価変動の関係について比較分析を行った。推計では、①前期(1978年~1986年)においては、日本以外の4カ国でNAIRU型(需給ギャップ変動に応じて、インフレ率の変化率が変動)の関係が成立する一方、②後期(1987年~1997年)では、日本とドイツはフィリップス型(需給ギャップ変動に応じて、インフレ率が変動)が、アメリカ、イギリス、カナダはNAIRU型の関係が示されるとの結果が得られた。これは、需給ギャップと物価変動の関係が、国別だけではなく、同一国においても、期間により異なる可能性があることを示唆するものである。
さらに本稿では、各国の賃金体系の違いを踏まえた上で考察した結果、こうした国ごと・期間ごとの価格調整の背後には、人々はインフレ率が短期間内に急激な振幅を経験すると、直近に実現したインフレ率を参考に、期待形成を素早くスイッチするというメカニズムが存在しているのではないかとの仮説を提示した。これは、中央銀行が、上下方向問わず短期間にインフレ率が急激に変動することを防ぐことができれば、人々のインフレ期待形成を安定的なものにすることが可能である、とのインプリケーションを有するものと考え得る。
キーワード:フィリップス曲線、NAIRU 、期待インフレ率、価格調整、需給ギャップ、物価変動、金融政策
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