ローンの信用リスク管理の手法を考える場合、市場リスク管理で採られた手法をそのまま転用することはいくつかの点で困難である。その理由は、第一にローンに市場性が無く市場価格を観測することが期待できないこと、第二に市場に売却することで損失を確定することが期待できないこと、である。従って、現状の我が国でローンを中心としたポートフォリオの管理手法を考える場合は、トレーディングを中心とした市場リスクの管理手法として定着したVARや、株式・債券ポートフォリオの管理を目的としたマーコビッツ・アプローチやCAPM等による管理手法とは若干異なった手法を考える必要があろう。本稿ではそれを「ローン取引アプローチ」と呼ぶ。
「ローン取引アプローチ」の主要な特徴は、以下の通りである。第一にローンの市場性資産に対する感応度を分析していることである。感応度を分析することで、信用リスクと市場リスクの混在したポートフォリオのリスクを統合的に観測する。第二に感応度分析の結果として、信用リスクと市場リスクの混在したポートフォリオの損益分析、およびローンと債券等のポートフォリオの最適配分を行うフレームワークを構築していることである。
まず、帝国データバンクの1986年から1994年までのデータを用いて、倒産率の分析を行った。帝国データバンクが公表している評点、および業種によって倒産率を分類したところ、評点によって倒産率の高低が異なっていることが観察された。
上記によって分類された企業群に対応する倒産率の推移を、本稿では以下の様に要因分解して考察することとした。まず、「格付け変更リスク」だが、これは事前に分類されていた格付けから将来、個別企業がアップグレイド、およびダウングレイドするリスクである。次に、マルチファクターモデルを想定して倒産率の推移をマクロファクターによって説明し、「システマティックリスク」と分散可能な「残差リスク」に峻別した。マルチファクターモデルは、左辺に過去の単年度倒産率を、右辺に金利(長期金利)、株価(日経225)、為替レート(円/ドル)を使って回帰分析を行うことにより推計した。この推計結果は、データ数が少ないことの制約はあるものの、符号条件等は想定された通りのものであった。
これらの倒産率の分析結果を用いて、実務上必要と思われるポートフォリオ全体の感応度分析、およびポートフォリオ配分分析を行った。この感応度分析はローンポートフォリオだけではなく、債券ポートフォリオや株式ポートフォリオと一体となった金融機関の保有する資産全体を対象に行うことが可能である。この分析の重要性は、金融機関の全ての資産価値が何に対して最も影響を受けやすいのかを知ることができることにある。
これまでの金融機関経営の中で、多くの意思決定が定性的な判断に基づいて行われてきた。上記の様な分析結果に従って、個別の方法論に関する定量的な分析やシミュレーション結果を重視する経営スタンスに変化させていく必要があろう。経営陣が適正なリスク量とそれをコントロールしていく方法論を具体的に提示していくことが、「リスクの計量化」のプロセスに最も重要なことである。
キーワード:倒産確率、倒産確率の推移行列、信用リスク、倒産確率のマルチファクターモデル、市場リスクと信用リスクの統合管理、ローンポートフォリオマネジメント
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