1880年頃から1943年までの約60年間、わが国の内国為替の決済は、現代の集中決済と異なり、個別決済方式であった。本稿は当時の内国為替ネットワークを、これまで未活用の歴史データを発掘しつつネットワーク分析の手法を用いて定量的に概観する。1880年から1893年で全国の店舗間を結ぶ関係線数は約6倍に増え、ネットワークの密度も増した。為替ネットワークは1900年代と1910年代にさらに拡大したあと、1920年代から関係線の整理が進んだ。もっとも、1933年の主な東京所在店舖の関係線数は、1920年代の経済停滞や1930年代初の昭和恐慌を経たあとでも、1893年の約2-3倍の水準にあったと試算された。ネットワーク全体の密接化には、一部の主要行や地方銀行がコルレス関係線数を多数、かつ、店舗間をなるべく少ない数で辿れるように設けたことが寄与していた。日本銀行も、限られた関係線数ながら店舗間を少ない数で橋渡しする位置にいた。一部の主要行は、為替事務が低収益だったにもかかわらず、店舗数での規模の利益を求め顧客サービスとして為替事務を拡大・継続したと考えられる。
キーワード:内国為替、歴史データ、ネットワーク分析
掲載論文等の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融研究所の公式見解を示すものではありません。