ディスカッションペーパーシリーズ(日本語版) 2011-J-4

公正価値会計の経済的帰結

福井義高

 欧州主導の国際会計基準審議会(IASB)によって進められている会計基準のコンバージェンスは、各国実務のベスト・プラクティスを「一般に認められた会計原則」(GAAP)として下から集成するのではなく、「正しい」前提から演繹的に作成された国際財務報告基準(IFRS)の採用を各国に迫る、上からの基準統一の試みである。IFRSの「基本信条」(credo)は、会計測定は公正価値たる時価を用いた資産負債アプローチに基づかねばならないというものである。確固たる理論的背景を持たない、原価志向の伝統的収益費用アプローチと異なり、資産負債アプローチは経済学に基礎付けられているとされる。そしてIFRSは、時価に基づく財産評価を会計測定の一義的目的と捉え、クリーン・サープラスを通じて財産評価から派生的に計算される包括利益を純利益に代えて利益概念の中心に据えようとしている。確かに、時価こそ公正価値であるという主張は、中世神学に起源を持ち、フィッシャーやヒックスを経て今日に至る経済学とも整合的である。しかしながら、公正価値に基づく資産負債アプローチこそ経済学に根拠を持つ会計観であるという主張は、ストック価値とはフロー価値を資本コストで割り引いた派生的存在にすぎないという中世公正価格論以来の効用価値説の論理的帰結に照らして根拠薄弱である。さらに、投資意思決定に有用な会計数値を目指すというのであれば、公正価値評価はあくまで手段であって目的ではない。公正価値評価を機械的あるいは中途半端に会計測定に導入することは、経済厚生を高めるどころか、むしろ低める可能性すらある。

キーワード:コンバージェンス、公正価値評価、資産負債アプローチ、収益費用アプローチ、クリーン・サープラス、投資意思決定有用性


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