「円」とにちぎん 79山を下る人々が被っている笠には当時値下がりしていた食品や衣類などの品名が書かれている。memo「東京名所常磐橋内紙幣寮新建之図」「欲の戯ちから競」 1896年、大手町の紙幣寮から江戸城外堀を挟んでほど近い場所に日本銀行本店が移転してきた。紙幣価値の下落を風刺した錦絵A Woodblock Print Depicting the Declining Value of Paper Money役人の服を着た政府紙幣と着物を着た米俵が、首引きをしている。政府発行の金貨・銀貨に支えられた政府紙幣が、豆や酒などさまざまな品物の応援を受けた米俵に引きずられている。1881年には、銀貨1円と引替えるために約1円70銭の紙幣が必要であった。「不二詣諸品下山之図」銀貨1円紙幣1円70銭西南戦争が起こった1877年から翌年にかけて政府紙幣と国立銀行紙幣の発行が増え、その後紙幣の価値が下落した。松方正義は、増税や官営事業払い下げなどにより財政を改善させ、金貨・銀貨の蓄積と紙幣の回収を進めた。これによって物価は下落し、紙幣の価値は回復に向かった。松方財政による物価の下落を風刺した錦絵A Woodblock Print Depicting Deflation Under the Austerity Policy1883年「東京名所常盤橋内紙幣寮新建之図」紙幣寮は1871年に大蔵省紙幣司として設立された。当初は紙幣の発行など紙幣政策全般を担った。西南戦争後の紙幣価値の下落松方財政と紙幣価値の回復東京・大手町にあった紙幣寮=
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