金融研究 第7号 (1981年2月発行)

Good Customer Relationshipと銀行行動

脇田 安大

 本稿の目的は、銀行行動理論に長期的視野を導入することである。
 これまでの経済学においては、政策効果を考える場合、まず静学的状況の中で利潤ないし効用極大化を前提とした民間経済主体の合理的行動を特定し、その行動パターンが変らないことを前提にしたうえで政策主体の行動が民間経済主体の行動にどのような影響を持つかが論じられてきた。しかし、現実には政策主体の行動が民間の期待に織込まれるため、民間経済主体の行動パターンが静学的状況における利潤極大化行動とは必ずしも同じにならない可能性がある。
 通貨当局は、景気過熱局面において金融を引締め、景気下降局面においては緩和するという行動を繰返している。このように、景気拡大→金融逼迫、景気下降→金融緩和という対応関係が確立されると、銀行、企業にとってはこれを織込んで行動する方が長期的な利潤極大化に繋がることになる。
 すなわち、企業と銀行とは相互に一種の「保険」を掛け合うことによって、金融市場の繁閑により各々が不利益を被る危険を減殺することが可能になる。つまり、企業は金融緩和期に銀行に対し高目の金利を支払う(保険料を支払う)ことによって金融逼迫期に優先的な借入を期待することができる。一方、銀行も利鞘が縮小する緩和期の利潤を確保するために、逼迫期に多少の機会利潤を放棄して低目の金利で貸出す(すなわち保険料を支払う)ものと考えられる。
 こうしていったん保険が成立し、双方が長期的視野にたった取引(long term contract)を行うようになると、次には恒常的に貸出の「外部効果」が貸出条件に織込まれるようになる。つまり、銀行は将来の資金需要増加、預金拡大をもたらす効果等貸出の長期的外部効果を考慮したうえで貸出条件を提示するようになり、企業の方でも将来の取引によって銀行に与えるであろう利潤を考慮して現在の貸出条件を決定するよう要求するようになる(外部効果の内部化)。このように貸出市場で外部効果が内部化されると、現在は同一のquality(返済能力、取引態度等)を持つ企業であっても将来の発展可能性の高い企業の方がより優遇的な貸出を受けることができるようになる。
 いわゆるgood customer relationship(顧客関係)は上記のような、1.銀行と企業が相互に保険を掛合うこと(long term contract)と、2.企業の将来性が現在の貸出条件に織込まれること(外部効果の内部化)という2つの関係を意味していると考えられる。
 このような関係が形成された貸出市場では、銀行は自分の側だけが短期的視野で利潤を追求すると優良取引先を失うことになるので長期的視野にたって行動せざるを得なくなる。このため、銀行経営者は制約された情報の中で、個別企業ごとにその発展可能性(貸出の長期的外部効果)を正確に評価し、発展可能性の高い企業に優先的に貸出を行い育成する能力を要求されることになる。こうした銀行の行動は、単に銀行と1企業との取引としては止まらず、全体としてみれば国民経済の進路に影響を与えることになる。
 いわゆる「信用割当」や逼迫期における銀行の大幅な貸進みといわれる現象については、市場が人為的規制等により十分に機能していないことに原因を求める考え方が強いが、good customer relationshipを考慮すると貸出市場における銀行の合理的行動の結果という内在的要因による側面ももっていると説明することが可能になる。
 銀行はgood customer relationshipに基づいて長期的な利潤を追求しているため、貸出市場とマネーマーケットの間の金利裁定は短期利潤極大化を想定した従来のフレームワークで考えられていたほどには敏感でないこととなる。このような状況下で、引締期においてマネーサプライの適切なコントロールを実現するためには、銀行が貸出の長期的利潤を放棄してマネーマーケットに資金をシフトした方が長期的利潤追求の観点からも有利になるようにマネーマーケット金利の大幅な引上げを行うことが必要である。
 また、引締期に貸出を極端に抑制することは、good customer relationshipを損うおそれがあることは前述の通りであるが、それにも拘らず、窓口指導がある程度守られるのは、窓口指導が各行に対してほぼ一律に実施されるため、自行だけがgood customersを失うおそれがないという意味で安心して貸出量を削減できるためであろう。


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