金融研究 第5号 (1980年5月発行)

欧米主要国におけるマネーサプライ政策について

黒石 明邦

 本稿は欧米主要国で採られているマネーサプライ(以下Mと呼称)政策について、理論・歴史の両観点からサーベイしたものである。
 一般に最近の金融政策の特徴はMを重視する点にあるといわれるが、一口にM重視といってもその内容は多岐にわたっている。今日の金融政策の枠組みは、中央銀行が直接コントロールできる政策操作変数(operating variables、すなわち銀行準備、コール・レートなど)と最終目標変数(物価、生産、雇用等の実体経済変数)との間にMまたは金利といった中間目標変数(ないしはindicator)を介在させるという意味で、通常「2段階接近法」(two-stage approach)と呼ばれているが、こうした枠組みの下で最近のM政策の内容を整理すると次の3つの側面があると考えられる。
1.Mを中間目標変数(ないしindicator)に採用する(本稿では「M重視政策」と呼ぶ)。
2.fine tuning policyを排し、M増加率の変化をなだらかにする(いわゆるgradualism)。
3.M増加率の目標値を設定・公表する(本稿では「M target公表政策」と呼ぶ)。
 M政策のこの3側面は、インフレの経験、これまでの政策姿勢に対する反省および最近の経済理論の発展と密接な関係を持っている。すなわち、1.のM重視は主として、1960年代後半以降インフレの進行に伴い名目金利と実質金利が大きく乖離し、金利の中間目標変数、indicatorとしての適格性に疑問が生じた結果である。また、2.のgradualismの考え方は、60年代のfinetuning policyがかえって景気の波を拡大させてしまったのではないかとの反省や、裁量的政策は民間経済主体が事前にこれを織込んで行動する場合には効果を発揮しえないとする理論の台頭など(たとえば合理的期待形成仮説)を背景として生まれてきたものである。最後の3.のM target公表政策については、理論的には民間経済主体のインフレ心理の払拭、市場の資源配分機能の効率化等の観点から有用であると考えられ、またより現実的な観点からは、こうした形での通貨当局の決意の表明が、財政赤字に対する歯止めや所得政策に対する支援等の効果をもつと考えられたので採用されたものである。
 M政策の3側面に関する欧米主要国の経験を振返っていえることは、M重視政策およびgradualismはいずれの国においてもほぼ定着してきたが、M target公表政策は未だに実験的(experimental)な性格が強いということである。本稿でM重視政策とM target公表政策とを敢えて分けたのもこうした評価の相違によるものであり、各国がM target公表政策をどう考えているかが本稿の主要テーマでもある。M target公表政策は実施後最初の1~2年間(主に75~76年)についてはインフレ心理鎮静にかなり有効であったと評価されたが、その後景気後退の深刻化や為替レートの急激な変動をみるに及んで同政策の問題点も意識されるようになり、スイスのようにtarget公表を一時中止した例もみられた。しかし、79年秋以降、OPECの石油価格引上げによって先行きインフレ懸念が強まると再びM target公表政策を強化する動きも目立ってきている。このようにM target公表政策を巡る当局の態度には大きな振幅がみられる訳であるが、そうした事実こそが、同政策はいわば緒に就いたばかりの新しい試みであり、改善工夫の余地も多く、最終的な評価を下すのは時期尚早であることを示しているように思われる。
 以下、第1章では、M政策の理論的側面を分析し、第2章では、欧米主要国の実際のM政策の経験を記録するという意味で、M target公表政策に重点を置きつつやや詳しく記述する。
 なお本稿は、昭和54年度春期金融学会(54年5月)での報告に加筆し取りまとめたものである。


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