金融研究 第4号 (1979年9月発行)

インフレ期待と金利
−「Fisher効果」の検証とそのインプリケーション−

折谷 吉治

 本稿の目的は名目金利のインフレ期待による変動すなわち「Fisher効果」について検討を加えることである。
 近年多くの中央銀行がマネーサプライをターゲットとして金融政策を運営するようになったが、これは近年のインフレの経験およびこれを巡る経済理論の発展に基づくものである。すなわち、インフレの背後にはマネーサプライの過大な増加があり、かつ名目金利をターゲットとする政策運営では必ずしもこれを適切にチェックできない、との判断が背景となっている。後者の点を理論面から強力に主張したのがM.Friedmanであり、その論拠が「Fisher効果」の存在である。すなわち、名目金利をある水準に固定しようとすると、インフレ期待が強い場合には、予想外にマネーサプライが増えてしまう。その結果インフレ期待がさらに強まるので、名目金利の上昇を防ぐためにはますます大幅なマネーサプライの増加が必要となり、結局インフレの加速を招く。こうした事態を避けるためには、金融政策はマネーサプライをターゲットとして運営されるべきであり、金利の安定にこだわってはならないこととなる。
 これに対し、W.Pooleは、金融政策のターゲットとしては、情況によりマネーサプライと金利とを使い分けるのがよい、と主張しており、わが国ではこれがしばしば紹介されている。しかし、W.Pooleの議論では経済システムに発生する攪乱(外生的、確率的ショック)のみが問題とされており、「Fisher効果」は明示的には考慮されていない。こうした議論に基づいて金融政策の方法を判断するのはmisleadingである。
 欧米では、かねて「Fisher効果」が実証的に検出されてきたが、わが国についてもこうした実証分析を行った結果「Fisher効果」が検出された。検証方法が完全とはいえないにせよ、ともかく「Fisher効果」が検証されたことは、少くとも「Fisher効果」を無視した議論や実証分析がわが国でもreliableとは言い難いことを示しているといえよう。
 「Fisher効果」の検証上最大の問題は、インフレ期待を具体的にどのように捉えるかである。現実のインフレ期待そのものは正確に把握し難いので(このこと自体が名目金利をターゲットとする金融政策に対する批判の1根拠である)、そのproxyを物価変動の実績のみに基づいて作成するのが常であるが、最近の期待理論の発展によってこうした方法が見かけ以上に一般的妥当性をもつことが確認されている。すなわち、物価に影響する全ての情報が過去の物価データに入っているとすれば、人々がavailableな全ての情報をもとに形成するインフレ期待は、過去の物価データのみに基づくモデルによって推定できることになるからである。もっとも、従来の方法には、a prioriにモデルの型を制約している結果物価変動の実績がもつ情報を心ずしも十分に取入れていないという欠点があったが、最近の「時系列分析」の発展によってこうした制約を置かずに推定できるようになった。欧米ではこの改善された手法によってインフレ期待のproxyを作り、それをもとにexplicitに「Fisher効果」の検証が行われるようになっている。そこで本稿では従来からの方法に加え、時系列モデルによる「Fisher効果」の検証をも行った。
 以下、2.で「Fisher効果」と金融政策へのimplicationに関する議論を簡単に振り返り、3.でわが国における「Fisher効果」の実証分析の結果を記述したあと、4.でインフレ期待の定式化の理論的背景について述べる。


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