金融研究 第13号 (1982年6月発行)

マネーサプライと金利の関係について

成川良輔

 マネーサプライと金利とは相互に影響しあう関係にあるが、本稿はこのうちマネーサプライの増加が金利に及ぼす効果に焦点を当て、わが国の場合について検討するものである。
 マネーサプライの増加が金利に及ぼす効果については、ケインジアンとマネタリストの間で早くから論争の的となり、これまで数多く理論的、実証的研究が行われてきたが、「マネーサプライの増加が金利を低下させる(あるいはその減少は金利を上昇させる)」というケインジアン的見解は、現在においても広く一般に支持されているように思われる。周知のように、この結論は通貨需要と金利水準との関係をあらわすケインズの流動性選好理論から導かれるものであり、この考え方によれば、低金利はマネーサプライが増加した結果であるという意味で緩和的な金融政策を、また高金利はマネーサプライの減少(注1)の結果であるという意味で緊縮的な金融政策を示すことになる。
 しかし、こうした見方は、マネーサプライの変化が金利に及ぼす影響のうちごく短期的な一部分しか説明していないことに注意する必要がある。
 例えば、ブラジルやチリあるいは近年の米国において観察されるような高水準の金利(または金利の上昇)とマネーサプライの急速な増加との併存や、逆にスイスにおけるような低水準の金利(または金利の低下)とマネーサプライの低い伸び率との併存は、どのように説明したらよいのであろうか。ちなみに主要先進国における最近数年間のマネーサプライ伸び率と名目金利との関係をプロットしてみても、第1図のようにマネーサプライの伸び率が高い国ほど金利水準も高く、反対にその伸び率が低い国ほど金利水準が低い傾向が看取される。このような現象は従来のケインジアン的な考え方からみるとむしろ逆の結果といわざるをえない。
 最近の学界での議論によれば、マネーサプライの変化が市場金利に及ぼす影響は、主として1.流動性効果、2.所得効果、および3.フィッシャー効果、の3つに分けられる。1.は上述のようなごく短期の効果であって金利に対しマイナスに働くのに対し、後の2つの効果は若干のタイムラグを伴って金利に対しプラスの方向に作用する。すなわち、マネーサプライの増加(減少)は、最初は流動性効果を通じて金利を押下げる(押上げる)方向に働くが、その後所得効果やフィッシャー効果が顕れるにつれて金利は再び上昇(下落)することとなる。そして最終的にはマネーサプライの増加(減少)は金利を当初の水準以上に押上げる(押下げる)結果に終ってしまうのが現実の姿であると思われる。
 また、マネーサプライの変化が生じてから第3のフィッシャー効果が顕れるまでのラグは、その時々の経済の状況、就中予想物価上昇率(インフレ期待)がどのように形成されるかに依存する。したがって、マネーサプライの増加がストレートに人々の予想物価上昇率の高まりに結びつくような場合には、フィッシャー効果が短期間に顕現し、流動性効果による金利の低下が相殺されて直ちに金利が上昇することも十分ありうることになる。
 このようにマネーサプライの変化が金利に及ぼす様々な影響やそれらのタイムラグ等を考えると、マネーサプライの増減によってもたらされる金利の変化は極めて複雑なものとなる。したがって、こうした諸点を考慮することなく、安易に金利を金融政策のインディケーター、中間目標として使用したり、金利をある水準に釘付けしようとすることは、誤った政策を導くことになる惧れが強い。
 以下、2.でマネーサプライの増減が金利に及ぼす3つの効果と金融政策へのimplicationについて検討したあと、3.でわが国のマネーサプライと金利の関係についての簡単な実証分析を行う。実証の結果、間接的な形ではあるが、「流動性効果」、「所得効果」、「フィッシャー効果」の3つの効果が検出された。


--------------------------------------------------------------------------------

(注1)ここでマネーサプライの増加、減少ということばを使っているのは説明の便宜上からであって、実際問題としてはマネーサプライの伸び率が加速あるいは鈍化するわけである。しかし、このように置き換えても議論の本質は変わらない。


掲載論文等の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融研究所の公式見解を示すものではありません。

Copyright © 1982 Bank of Japan All Rights Reserved. 注意事項

ホーム