金融研究 第31巻第2号 (2012年4月発行)

幕府による山田羽書の製造管理

藤井 典子

 江戸時代を通じ、伊勢神宮外宮の門前町山田において発行・流通した山田羽書は、わが国最初の「札」とされる。この発行制度等については多くの先行研究があるが、製造等の実務については十分に把握されてきたわけではない。本稿では、1790(寛政2)年の羽書改革以降、山田の自治組織(三方)に代わり幕府が直接管理する体制に移行した後の製造管理の実態を検討する。
分析の結果、(1)元文の金銀改鋳に応じて羽書の増札がなされた後、1740(元文5)年に発行ルールや券面様式等を定めた内容が、寛政期以後の製造実務の土台として引き継がれたこと、(2)三方の管理下では、この定めが遵守されず、増札が横行する等の弊害が生じていたため、製造工程を適正に実施・管理する仕組みの構築が幕府にとって課題となっていたこと、(3)羽書の製造においては、専用和紙の製造(漉立)、羽書用紙の加工(紙拵)、券面の印刷(摺立)の工程が計画的に実施され、その進捗状況は山田奉行が任命した羽書三役から逐次奉行所へ報告されたこと、(4)製造工程にはさまざまな偽造防止対策が組み込まれ、山田奉行所はこれを重要視していたこと、(5)幕府が拠出した製造費用の経理は金貨建てで行われたが、その記載にあたり山田羽書が「1両=羽書64匁」を意味する金貨の計算単位として用いられたこと等の点が判明した。幕府による一貫した製造工程管理の体制が構築され、偽造等のリスクを抑止したことが、山田羽書の信用維持の一因となったと考えられる。

キーワード:山田羽書、貨幣の製造工程、貨幣の偽造防止、計算単位、山田奉行、寛政期


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