本稿は古代ギリシャと古代中国の貨幣経済と経済思想の比較を主題とする。まず当時の経済についてその概要を記し、それを背景として経済思想を比較する。古代ギリシャについては紀元前5~4世紀のアテネを、古代中国については主として戦国時代より秦、前漢の終りに至るまで(前453~8年)を対象とする。古代ギリシャをアテネによって代表させたのは、多くのポリスのうちアテネが他をはるかに超えて貨幣経済を発達させたということと、残存する当時の著作と出土文字資料の量においても他のポリスを凌駕するという事実による。この時期に両者において商工業と貿易が発達し貨幣経済が成熟した。大胆な仮説に基づくものではあるが、両者におけるGDP、貨幣化(monetization)の指標、所得格差を比較する。経済について言及した著作家も大体この時期に輩出した。中国の個々の思想家について、ギリシャの思想家と対比しつつ、その士農工商観、およびそれと密接な関係のある労働観および分配論について記す。続いて、士農工商観と密接な関係のある功利主義観について記す。その後、労働分業論、物価形成論、貨幣論、租税論を取り上げる。この両者において、ほぼ同時期に商工業と貨幣経済があたかも符牒を合わせた如く急速に発達したということ、また経済を論ずる思想家の理論も、いくつかの共通点と相異点を持ちつつも、両者ともにかなり高度な地点に達したということは、特筆に価する。
キーワード:古代ギリシャ、古代中国、経済史、経済思想史、GDP、貨幣化
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