本稿では、既存の理論・実証研究を概観し、名目賃金が下方硬直的となる理由について考察する。まず、19世紀や大恐慌時にまで遡って名目賃金の下方硬直性の有無とその度合いについて比較し、19世紀央~20世紀央は20世紀後半に比べて名目賃金の伸縮性が高かったことや、20世紀後半は概ねどの先進諸国においても名目賃金の下方硬直性が観察されること、ただし、その度合いは国ごとに異なることなどを明らかにする。次に、行動経済学の枠組みを用いると、こうした名目賃金の下方硬直性の存在を整合的に説明できる可能性があることを示す。そのうえで、時代や国によって名目賃金の下方硬直性の有無や度合いに違いが生じることは、労働市場特性(労働移動の円滑性、解雇法制、賃金契約期間など)やマクロ経済環境(景気やインフレ率の推移など)の違いが、賃下げに対する労働者と企業の認識を異なるものにすることが原因になっているとの考え方を提示する。
キーワード:名目賃金の下方硬直性、行動経済学、労働移動、解雇法制、インフレ率、物価インデックス化
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