教科書的な総需要=総供給(AD-AS)モデルでは、物価変動の原因が需要面にあるケースと供給面にあるケースで、政策対応の帰結が異なるため、観察された物価変動が需要面と供給面のいずれの要因によって生じているかを識別することは、金融政策運営上の重要な課題である。すなわち、AD-ASモデルに従えば、総需要が拡大して物価が上昇する局面では、産出量が(潜在的に達成可能な水準を上回って)増大しているため、総需要を抑制する政策は、物価と産出量双方の変動を安定化すると期待される。これに対し、総供給能力が低下して物価が上昇する局面では、産出量が減少しているため、総需要を抑制する政策は産出量変動を一層増幅する惧れがある。このことは同時に、物価変動の背後の要因を識別する際に、産出量変動が有用な情報を含んでいる可能性を示唆している。本稿では、この点に着目し、構造型VARモデルを利用して観察されたインフレ率を、「需要面のインフレ率」と「供給面のインフレ率」に要因分解することを試みる。なお、構造型VARモデルを推定する際、需要ショックが産出量変動に対し長期的には影響を与えないこと(需要ショックの長期中立性)を仮定する点が、分析上の大きな特徴である。
キーワード:構造型VAR、インフレ率の要因分解、需要ショック、供給ショック
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