金融研究 第2巻第2号 (1983年7月発行)

実質金利、マネーサプライと経済活動
−金融政策の中間目標を巡っての一考察−

大久保 隆

 本稿は、実質金利の役割について、経済活動との因果関係を中心に分析したものである。マネーサプライおよび名目金利と経済諸変数との間の因果関係を分析した大久保〔2〕においては、金融政策の中間目標としてはマネーサプライの方が名目金利よりも優れているとの結果が得られているが、本稿では、そこで課題として残されていた実質金利を採りあげ、その役割をマネーサプライの役割と比較しながら分析することを主たる狙いとしている。
 実質金利を重要視する立場は主としてケインジアンに多くみられるが、特に最近の米国では金融革新(financial innovation)の進展に伴う通貨需要の不安定性等が、金融政策の中間目標としてのマネーサプライの有用性を制約しているとの認識に立って、その代替となる目標として実質金利に注目する動きも出ている。わが国においては、これまでのところ通貨需要は経済活動と総じて安定的な関係を維持しており、米国のような問題が生じている状況ではないともみられる。むしろ、わが国が第2次石油危機に伴うインフレ圧力に適切に対処し得た重要な要因として、マネーサプライの管理が評価されるに至っている。
 しかし、このように物価の安定という政策目的の実施に成果を挙げ得たのは、インフレ期待の高まりに対処して早目早目に名目金利の引上げが図られ、これを通じて実質金利が適正な水準に維持されたことが重要な役割を果したとみることもできよう。従ってわが国でも、金融政策の中間目標としてマネーサプライと実質金利のどちらがより適切なのかという問題を吟味する必要があるが、この点については理論的な分析もさることながら、現実のデータからどのような特性が読みとれるかをまず検討することが重要となろう。
 金融政策の中間目標としての適格性について議論する場合には、1. 最終目標と中間目標の関係の深さとその安定性、2. 中間目標の操作可能性(controllability)、等について検討する必要があるが、本稿ではこれらのうち主として1. の問題点に焦点をあて、経済変数間の因果関係にどのような特徴が見出せるかといういわばfact findingを目的として実証分析を行う。
 ところで、実質金利を分析する上で最大の問題は、実質金利がいわば理論的概念であって、具体的に把握することが難しいことである。一般に実質金利を考える場合には事前的(ex ante)な実質金利と事後的(ex post)な実質金利とを区別する必要がある。事後的な実質金利は名目金利からそれに対応する期間における現実のインフレ率を差し引くことによって求められるが、事前的な実質金利の計測にあたっては現実のインフレ率の代りに期待インフレ率を用いなくてはならない。従って事前的な実質金利を分析するためには、人人がどのようにしてインフレ期待を形成しているかを定式化する必要が生じてくる。そこで、以下第2章ではいくつかの実質金利の捉え方を簡単に整理(期待インフレ率の導出についての詳細は「付」参照)するが、本稿ではこのうち完全予見による期待形成の仮定に基づく実質金利を用いて実証分析を行うこととした。第3章では、こうして導出された実質金利が他の経済諸変数とどのような関係にあるかを分析し、金融政策の中間目標として、実質金利とマネーサプライのどちらが適切かを比較検討するが、あらかじめ得られた結果を簡単に整理しておくと次のとおりである。
1. 金融政策の最終目標を物価に置いた場合、実質金利(インフレ率に関する完全予見の仮定に基づき計測されたもの。以下同じ)とマネーサプライはこれに対してほぼ同程度の因果関係を持って影響を与えているとみられる。
2. 最終目標を実質GNPに置いた場合、これとの間で因果関係が明確に認められるのは実質金利である。
3. 中間目標として他の変数から有意な影響を受けにくいという意味での外生性(exogenity)が高いのはマネーサプライである。
4. この間名目金利は、中間目標として実質金利、マネーサプライのどちらに比べても劣っている。


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