金融研究 第2巻第2号 (1983年7月発行)

多通貨間の為替相場決定理論
−複数基軸通貨体制下の為替需給分析−

深尾 光洋

 近年、米ドルに加え、西独マルク、日本円、スイス・フラン等が国際的な取引に使われるようになってきており、各国準備資産中に占めるこれらの通貨のウエイトも増加してきている。この結果、為替需給や為替相場変動の分析においても、従来の日本円対米ドルという一次元的な見方では対応できなくなってきており、日本円のドイツ・マルク、スイス・フラン、英ポンド等の主要通貨に対する為替相場をも含めて多面的に見ることが必要であると思われる。この点については、すでに深尾〔5、6〕で簡単に説明されているが、本稿では実質為替リスク・モデル(深尾〔6、pp.33~40〕)に基づく多通貨間の為替相場決定理論について、詳しく論ずることとする。
 まず第1章においては、多通貨間の為替需給を分析するには、各国通貨建資産が相互に如何なる関係をもって投資家に選択されるかが重要であり、この各国通貨建資産間(以下「各通貨間」と略述)の関係のあり方として代替性・補完性の概念を導入して説明する。そして、各通貨間の代替・補完関係は、任意の国の通貨をベースに測った各国通貨の為替相場(例えば対ドル相場)が、将来如何なる関係を持って変化すると予想されるか(例えばほぼ同様の方向で変動するか逆方向で変動するか等)、すなわち、いわゆる将来に予想される共変関係で決まることを示す。
 次に第2章では、ミクロ的視点から、前章の分析を資産価格決定の理論(Capital Asset Pricing Model,CAPM)を使って定式化し、多数の通貨で表示された資産が存在する場合の、危険回避的な投資家による各通貨建資産への需要関数を導く。そして、各投資家の外貨建資産の持ち高は、前述の将来の予想される為替相場間の共変関係(数学的には分散・共分散)と、各国の金利、現在の為替相場体系等に依存することが示される。
 第3章では、マクロ的な観点から、多数の通貨が存在する場合の為替需給を、nか国n個の通貨の場合に拡張した国際資金循環表(深尾〔4〕)によって分析し、n個の通貨が取引される外国為替市場における、需給均衡式を導出する。さらに、前章で提示された外貨建資産への需要関数と、この需給均衡式を合わせて、通貨当局による介入がない場合の多通貨間の為替相場決定式を導入する。それによれば、任意の国をベースにとった時、i国通貨とベース国通貨の為替相場は、購買力平価で決まる長期均衡相場から、i国とベース国との実質金利格差と、実質為替相場変動から生ずるリスク・プレミアム(外貨建資産の保有に伴なうリスクを補償する付加的な利益)の分だけ乖離することが示される。
 また、このリスク・プレミアムは、ベース国を除く各国の累積経済収支の加重合計値に比例することを示す。
 第4章では、前章のクリーン・フロートの分析に、通貨当局による不胎化された為替介入を導入し、その効果を考察する。主要な分析結果は次のとおり。
1. 介入は、民間部門が保有する各通貨建資産の供給高を変化させ、リスク・プレミアムを動かすことで為替相場に影響を与えうる。
2. 円を買い支えるために、ドル売りをする場合とマルク売りをする場合とでは、その円・ドル相場に与える影響が異なるが、これは通貨間の代替・補完性に依存する。
3. 日本がドル売り・円買い介入を行うと、その影響はマルク・ドル相場にも及び、逆に西独がドル売り・マルク買い介入をすれば円・ドル相場が影響を受ける。
4. 円とマルクとを同時に米ドル売却で買い支えるような協調介入は、上記の介入の第3国通貨に与える影響の存在により、単独介入以上に有効である。すなわち、日銀が円安防止のためドル売り円買いを単独で行う場合に比べ、同時にブンデスバンクが円を介入に使わなくてもドル売りマルク買いを協調して行ってくれれば、円の対ドル相場下落防止の効果は大きくなる。
 なお多通貨間の為替相場決定理論は、n個の通貨のn-1個の独立な為替相場決定問題を扱うため、その数学的展開はかなり複雑となる。このため、理論の数学的な証明はすべて補論で行った。


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