金融研究 第2巻第1号 (1983年3月発行)

わが国の貸出市場と契約取引
−貸出金利の硬直性に関する一解釈−

脇田 安大

 本稿の目的は、「暗黙の契約」理論の考え方を貸出取引に適用することによって、貸出金利の硬直性の原因に関して新しい視点を提供することである。
 従来、わが国貸出市場の特徴として「金利の低位硬直性」が指摘される傾向が強く、一般的通念になっているといっても過言ではなかろう。そして、その原因として「金利規制の存在」や「公定歩合との連動」という制度的要因が強調されることが多かった。しかし、貸出金利についてのこのような捉え方に対しては黒田〔9〕によって原理的批判が加えられるとともに、池尾〔5〕、〔6〕らによってリスク回避度が異なる主体間の経済合理性追求の結果として貸出金利の硬直性を説明しようとする「暗黙の契約」理論の適用が試みられている。
 そこで本稿では、各種統計が利用可能な昭和37年以降のわが国の貸出金利を観察し、実際の貸出金利が「暗黙の契約」に基づく金利であるとみなせるか否かについて若干の考察を試みた。
 本稿の構成と要旨は次の通りである。まず2.では、貸出金利の推移を約定金利ベース(表面金利ベース)と貸出に伴う預金歩留りを勘案した実効金利ベースでそれぞれ市場金利と比較しながら観察し、貸出金利は低位硬直的であるか否かを検討した。その観察結果によれば、I. 金利水準は約定ベースでは「低位」とみられるが、実効ベースでは必ずしも「低位」であったとはみなし難い、一方 II. 金利の変動については約定ベース、実効ベースとも「硬直的」であったとみなして差し支えない、というのが主要な結論である。
 次に、3.では、この2.の結論を受けて、金利の硬直性を説明する理論のひとつである「暗黙の契約」理論の基本的な考え方を紹介するとともに、わが国貸出市場における取引が「暗黙の契約」に基づく契約取引であるとみなすことができるかどうかという点について検討する。検討結果によれば、わが国の貸出市場においては、契約取引の特徴とも言える逼迫期における銀行から企業へ、緩和期における企業から銀行への循環的な所得移転がみられ、したがって契約取引が行われていたとみなすこともあながち不自然ではなく、少なくともひとつの有力な仮説として成立しうるのではないかと考えられる。


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