金融研究 第18巻第5号  (1999年12月発行)

金融取引における公正(fairness)の概念

 本稿は、法学者・経済学者(前田庸、能見善久、神田秀樹、中里実、山田誠一、柳川範之)と日本銀行金融研究所のスタッフが参加した「金融取引における公正(fairness)の概念に関する法律問題研究会」の報告書である。
 わが国ではいわゆる「金融ビッグバン」と呼ばれる金融システム改革が進行中である。「公正(fairness)」という概念は、この金融ビッグバンの3原則(フリー、フェア、グローバル)の1つでもあり、今後の金融法制のあり方を示すキーワードということができる。「公正」という語は、法哲学や経済学の分野でも用いられてきたほか、証券取引法や独占禁止法などの制定法においても使われているが、最近では、今後の金融法制のあり方が議論される際にも多用されている。金融環境の変化に伴い規制緩和が進むなか、取引当事者間の権利・義務関係を規律する民法や商法を始めとする私法ルールの役割は従来以上に重要となることが予想されるが、そのあり方を考えるうえで1つの拠り所となる規範または原理が「公正」概念といえよう。こうした問題意識から、本稿は「公正」概念を手掛かりに金融法制・取引ルールのあり方を論じている。
 金融ビッグバンの目標の1つは、わが国の金融市場を市場原理が働く自由な市場とすることであり、これは金融市場の効率性を一層高めることを目指すものである。その意味でも、「公正」概念は、取引機会の平等の保障、あるいは、「より効率的な資源配分」を達成しうる取引環境を整備すること、を意味すると捉えられるのではなかろうか。このような視点から金融取引ルールを捉えるとすれば、それは透明であると同時に、取引当事者の取引機会を最大化する機能を果たしうるものであることが望ましいといえよう。その際、情報・交渉力・判断能力等においてより劣位な地位を占める取引当事者(弱者)が可能な限り多くの取引機会を享受し、取引の利益を確保しうるようなルールであることが望ましい。そのためには、各経済主体の取引インセンティブを十分に考慮した、市場機能を損なわないルールを策定することが肝要であろう。
 本稿は、まず、第1章において法学と経済学における「公正」概念の整理を試み、「取引環境整備」と「弱者保護」という2つの視点を提示し、次いで第2章において、「公正」概念が問題となる具体例について分析・検討を加えている。最後に、第3章において、「公正」概念の捉え方の再整理を試み、金融法制再構築への視点について論じている。なお、本稿が素材として取り上げる具体例は、(1)説明義務、(2)インサイダー取引、(3)第三者の取扱いに関する情報の不開示(以上、情報の格差の問題)、(4)損失補填・損失保証、(5)相場操縦、(6)市場集中原則(以上、公正な価格形成の問題)、(7)抗弁切断条項、(8)融資条件の一方的変更(以上、交渉力の格差の問題)、(9)適合性原則、および(10)クーリング・オフ制度(以上、判断能力の格差の問題)である。

(本報告書は、当初、1999年9月に公表された。その後、『金融研究』への掲載〈1999年12月〉に当たり、若干の編集上の変更が加えられている。)


掲載論文等の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融研究所の公式見解を示すものではありません。

Copyright © 1999 Bank of Japan All Rights Reserved. 注意事項

ホーム