金融研究 第1巻第1号 (1982年10月発行)

期待インフレ率と金利の期間構造
−理論モデルの提示およびわが国の国債流通利回りを対象とした実証分析−

黒田 晁生

 本稿では期待インフレ率と金利の期間構造との関係について一つの理論モデルを提示するとともに、わが国の国債流通利回りを対象とした実証分析を行う。
 わが国の国債流通利回り決定メカニズムを分析した黒田・大久保〔2〕〔3〕では、わが国の国債流通市場における利回り決定が、純粋期待理論(pure expectations theory)によってかなり良好に説明されること、またその場合に期待インフレ率が名目金利に反映されるいわゆる「Fisher効果」が有意に存在することが示された。一方市場分断の存在を主張する3つの仮説、すなわち1.Hicks〔12〕の「流動性プレミアム仮説」、2.ModiglianiとSutch〔18〕の「特定期間選好仮説」、3.わが国で一般に指摘される「直利指向仮説」(黒田・大久保〔2〕)についてわが国の国債流通利回りを対象とした検証結果では、1.、2.は明確に棄却され、一応の説明力を有するのは3.のみであることが示された。
 本稿では、黒田・大久保〔2〕〔3〕の実証結果を踏まえて、まず金利の期間構造との絡みで「Fisher効果」を明示的に定式化したモデルを提示するとともに、期待インフレ率としては「時系列モデル」による予測値を用いて残存期間別に「Fisher効果」の大きさを計測する。次に期待インフレ率を控除した実質金利ベースでの国債流通利回りについて、市場分断の存在を主張する上記3仮説の有意性を検証する。
 実証分析の結果をまとめれば、以下の通りである。
 1.国債流通利回り(上場相場)についての「Fisher効果」の大きさは、計測期間(昭和52/6月末から55/12月末の各四半期末)の平均で約0.3~0.4である。すなわち、期待インフレ率は国債利回りに完全に反映されている訳ではなく、その約30~40%が反映されているに過ぎない。
 2.国債流通利回りについての「Fisher効果」の大きさを残存期間別にみると、残存期間が長期化するほど大きい。すなわち、「Fisher効果」は長期金利についての方が短期金利についてよりも大きい。
 3.期待インフレ率を控除した実質金利ベースでの国債流通利回りの決定要因としては、「流動性プレミアム仮説」、「特定期間選好仮説」、「直利指向仮説」(ただし、昭和54年後半以降の時期を除く)の3仮説とも棄却される。
 期待インフレ率と名目金利の関係についての従来の理論・実証分析(例えば、Fisher〔10〕やYoheとKarnosky〔22〕の分布ラグ・モデル)においては、金利の期間構造は曖昧なままに残されてきた。これに対して本稿では、期待インフレ率と金利の期間構造との関係を明示的にモデル化することにより、1.長短金利のそれぞれについての「Fisher効果」の大きさと、2.期待インフレ率を控除した実質金利ベースでの金利の期間構造決定メカニズム、を従来の理論・実証分析と比較して多少とも明確にしたと言えるであろう。
 もっとも、本稿の実証分析については、1.「時系列モデル」によって導出した期待インフレ率が、果して将来のインフレ率についての人々の「期待(予想)」をどの程度正確に反映しているのか、2.実証分析を可能とするために便宜的に用いた「均衡実質短期金利コンスタント仮説」が果してどの程度妥当性をもちうるのか、との2つの疑問が残されている。従って、本稿での実証分析結果も、そうした前提条件付きであり、実証分析結果の解釈については、十分に慎重であるべきことをあらかじめ指摘しておく。


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