ディスカッションペーパーシリーズ(日本語版) 2013-J-9

公正価値評価の拡大と会計の契約支援機能

草野真樹

 本稿の目的は、私的契約(経営者報酬契約と債務契約)に焦点を当て、公正価値評価の拡大が会計の契約支援機能(利害調整機能)に及ぼす影響について検討することである。
 経営者報酬契約において、会計上の利益や株価といった経営者の業績指標に基づいて報酬が支払われる。利益を業績指標として使用する場合、公正価値評価の拡大によって、利益に期待される役割が損なわれるため、利益の業績指標としての重要性が低下するであろう。また、ストック・オプションに代表されるように、株価を業績指標とする場合、ストック・オプションの公正価値評価を推定する際に、経営者の裁量的な行動の余地を拡大させる可能性がある。さらに、公正価値評価の拡大は、経営者が自らの報酬を増やすために、エージェンシー・コストを増大させる企業行動を助長させると考えられる。
 他方、債務契約において、財務制限条項等が設定され、当該条項等で会計情報が使われる。公正価値評価の拡大は、会計の質を低下させることで、市場型の債務から相対型の債務へのシフトを促すほか、その中間形態であるシンジケート・ローンの構造にも影響を与える可能性がある。また、公正価値評価の拡大は、財務制限条項等で会計数値の一部修正や契約内容の変更を必要とさせるため、会計情報の契約上の有用性を引き下げるであろう。さらに、公正価値評価の拡大によって、会計の質が低下し、エージェンシー・コストが大きくなる場合、借入企業の負債コストが増加するという経済的帰結が生じるであろう。

キーワード:公正価値、契約支援機能、経営者報酬契約、債務契約、エージェンシー・コスト、経営者の裁量的行動


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