消費者物価指数を巡って*

日本銀行金融研究所

白塚 重典

 

* 『ESP』2001年3月号への寄稿。本稿で示された見解はすべて筆者個人に属し、日本銀行あるいは金融研究所の公式見解を示すものではない。

 

総務省統計局のホームページ(http://www.stat.go.jp)には、消費者物価指数(以下、CPI)の精度を巡る議論の情報が多数掲載されている。筆者の研究(『物価の経済分析』、東京大学出版会、1998年)も、このホームページで、「日銀職員の研究」として取り上げられ、異論が示されている。本稿では、筆者自身のこれまでの研究成果と総務庁がホームページ上に公開している資料の両者を踏まえ、消費者物価指数の抱える課題について整理するとともに、本年夏に予定されているCPI平成12年基準改定を展望してみたい(注1)

1.物価指数の計測誤差

各国では、CPIを物価変動を捕捉するための指標として幅広く利用している。しかしながら、先進諸国では、CPIが真の生計費の変動を過大評価しているとの見方が一般的となっている。表1は主要先進諸国におけるCPI計測誤差に関する研究を整理したものである。同表の最下段に示された上方バイアスの大きさは0.5パーセントから1.1パーセント程度であり、わが国についての筆者の推計値は、0.9パーセントである(注2)。このように、CPIにバイアスないし計測誤差が発生することは、消費行動がダイナミックに変化する現実の経済ではある程度避けられない。なぜなら、CPIの上方バイアスは、相対価格の変動に対する消費者行動の変化(上位・下位代替効果)、新製品の登場・旧製品の消滅(品質変化/新製品登場効果)、新しいディスカウント店の参入(アウトレット代替効果)といったダイナミックな経済活動を瞬時に反映しない限り不可避的に生じるからである。

表1 主要先進国におけるCPIの計測誤差

単位:%ポイント

計測誤差の源泉

米国

日本

ドイツ

英国

カナダ

上位代替効果

0.15

0.00

0.10

0.05-0.10

0.10

下位代替効果

0.25

0.10

     

品質変化/新製品効果

0.60

0.70

0.60未満

0.20-0.45

0.30

アウトレット代替効果

0.10

0.10

0.10未満

0.10-0.25

0.07

1.10

(0.80-1.60)

0.90

(0.35-2.00)

0.75

(0.50-1.50)

n. a.

(0.35-0.80)

0.50

資料: 白塚重典「物価指数の計測誤差と品質調整手法:わが国CPIからの教訓」(『金融研究』、日本銀行金融研究所、2000年)

そもそも価格調査において、すべての取引価格・数量を調査することは現実的でない。したがって、何らかのサンプル調査を行う必要がある。そうである以上、計測誤差の発生は不可避である。このため、重要なことは、まず既存のCPI統計について計測誤差がどのような源泉から生じ、どの程度影響があるのかを検討し、計測誤差の程度について定量的に把握しておくこと、そのうえで、これを踏まえて統計作成の限られた予算と人的資源の中で、より精度を高めるにはどうすべきかという点を考えていくこと、であろう。こうした観点から物価指数の計測誤差の問題を検討する上では、個別価格の計測の問題と計測された個別価格の物価指数への集計の問題の二つに分けて考えるのが有用である。

2.物価指数の集計方法

まず、後者の物価指数への集計方法について整理しておく。CPIでは、標準的と定められた一定の消費バスケットをすべての家計が購入し続けると仮定し、基準時点のウエイトによるラスパイレス指数を用いて価格の集計が行われている。このため、相対価格の変動や新製品の登場等により、他の製品への代替が生じ、集計によるバイアスが発生する。

ただし、こうした個別価格の集計方法の問題については、経済学者の間でも十分な理解がみられており、現実的な解決策が見出されつつある(注3)。物価指数算式は、一般に、最良指数(superlative index)と呼ばれる指数算式(連鎖フィッシャー指数、連鎖トゥルンクビスト指数等)が判断基準として利用される。ただし、最良指数は、基準時点のウエイトだけでなく、比較時点のウエイトも必要とするため、実際の物価指数作成には利用できない。筆者は、これまでの研究の中で、連鎖CES指数算式を使うことにより、比較時点のウエイトを使わずに最良指数をほぼ近似できることを示した(注4)

もっとも、この連鎖CES指数算式の適用は、品目間の代替の弾力性を一定と仮定する必要があり、この仮定が現実には満たされているとは限らないとの問題点がある。また、仮に、こうした問題が存在しないとしても、ラスパイレス指数算式による総合指数系列を、連鎖CES指数算式に全面的に置き換えるべきだとは限らない。ラスパイレス指数算式は、指数理論上、生計費指数の上限と位置付けられるほか、公表統計の連続性という観点からも継続して提供する意味がある。むしろ必要なのは、ラスパイレス指数算式の総平均指数と並行して、複数算式の集計系列を提供することである。CPIでは暦年については、毎年ウエイトをアップデートした連鎖基準指数を公表しているが、これをもう一歩推し進め、毎月の総合指数とあわせ、異なる集計方法の総合指数を公表することは検討に値しよう(注5)

3.個別調査価格の精度

上述したように、物価指数の集計方法については、現実的な解決策が見出されつつあるのに対し、個別価格の調査・計測は理論的にも実務的にも非常に難しい問題を抱えている。実際、前出の表1にも示したとおり、品質変化/新製品バイアスは、いずれの国でもCPI上方バイアスの最大の源泉となっており、筆者は、CPIを巡るもっとも重要な検討課題は個別価格の計測にあると考えている。

(1)1品目1調査銘柄主義

総務省統計局は一貫して、調査品目を売れ筋商品1銘柄に特定し、これを継続的に調査することが望ましい、としている。確かに、こうした考え方で対応可能な品目もある。現行の調査方法を踏襲することで十分対応できる品目は、無理に見直す必要はないであろう。しかし、CPIの調査対象とすべき品目は、必ずしもこうした商品ばかりではない。たとえば、テレビは、小型でアナログ放送のみを受信できるシンプルな機能の低価格製品から大型でデジタル放送受信機能を備えた高価格製品まで様々なものがある。こうした多種多様な商品について、一つの調査銘柄で品目を代表させることにはかなり無理があろう(注6)

1品目1調査銘柄方式の問題は、この方式をすべての調査対象に画一的に適用しようとする場合に生じる。その意味で、品目毎に調査銘柄数を柔軟に設定し、その特徴に的確に対応していくことが望ましい。総務省統計局でも、その運用は明らかにされていないものの、基本方針としては、「価格の変化傾向が異なる製品のシェアが大きい場合には、品目を分割するようにしている」としており、今後どのような工夫がなされるか注目される。なお、平成12年基準改定では、パソコンをPOSデータによる「全機種連鎖指数」として対象品目に組み入れる模様である(注7)。この計算方法の詳細は明らかでないが、少なくともパソコンについては、1品目1調査銘柄主義を放棄することになる。こうした対応を今後、複数の品目に広げ、品目毎に調査銘柄数や価格調査方法を適切に設定していくことが期待されよう。

(2)調査対象変更時の接続方法

調査対象の製品が市場から消滅したり、あるいは販売シェアが大きく低下し代表性が失われた場合には、新しい製品に調査対象を入れ替える必要がある。この場合、物価指数は、品質変化を調整した純粋な価格変動を捉えるものであり、調査した新旧製品の価格変動から製品間の品質差を調整することになる。

品質調整の手法は様々なものがある。たとえば、新旧調査銘柄間で品質・容量等に差がない場合、新旧銘柄の価格をそのまま接続する直接接続法がとられる。あるいは、新旧調査銘柄間に品質変化が生じている場合、両者の価格が並行して調査可能であれば、その価格差を品質差とみなして価格指数を接続するオーバー・ラップ法がとられることもある。また、CPIでは利用されていないが、WPIでは、新旧製品の生産コスト差を品質差とみなすコスト比較法が広く使われているほか、品質を製品の機能を示す指標から統計的に推計するヘドニック法も使われている。

ヘドニック法について、総務省統計局ホームページの資料では、「乗用車のようにヘドニック回帰法の結果が不安定で適用できない品目も知られている」としている。しかし、乗用車は学術的な研究でヘドニック法が最初に適用された製品の一つであり、その後も国内外の多数の研究によってヘドニック法の適用可能性の高さが確認されている(注8)。ただし乗用車のヘドニック関数の「安定的」な結果を得るためには、ややテクニカルな計量分析手法の問題に適切に対応する必要がある(注9)。こうした対応を欠いた場合には、推計結果は不安定化する可能性が高いが、不可避的に不安定化する、とはいえない。

もっとも、ヘドニック法により把握可能な品質には限界があり、推計のためのコストも大きいとのデメリットもある。したがって、ヘドニック法も、あくまで品質調整手法の一つにしか過ぎず、その適用が有効と考えられる製品に優先順位をつけて検討していくことが得策であろう。

平成12年基準から新規に採用されるパソコンについては、前述のとおりPOSデータを使った「全機種連鎖指数」が採用される模様である。その適否は、この手法によってパソコン全体としての品質調整済み価格の低下を的確に把握できるかに依存している。この点で、総務省統計局で他の製品でPOSデータを使った「全機種連鎖指数」に下方バイアスが生じるとしており、パソコンの試算値もヘドニック法による試算値を下回っている点はやや気掛かりである。

いずれにせよ、POSデータの活用も含めた多様な選択肢の中から、メリット・デメリット、そしてそれに要するコストを比較考量し、適切な指数作成方法を選択することで、CPIの精度向上を図っていくことが期待される。精度改善を実現するには、品目毎に地道な改善努力を積み上げていくしかないという点を再度強調しておきたい。

(3)新製品取り込みのラグ

新しい製品やサービスは、市場に登場した後、かなりの時間差をおいて取り込まれるケースが多い。新製品が登場し普及していくことは、消費者が新製品を既存製品に比べ品質調整済みベースで相対的に割安と判断していることを意味する。したがって、新製品が迅速に調査対象品目に組み込まれないと、調査対象品目の調査対象外品目に対する相対価格が上昇し、物価指数に上方バイアスがもたらされることになる。

図1は、各種耐久消費財の家庭への普及率を示している。多くの耐久消費財は、普及率が15パーセント程度まで達した後、ようやくCPIの調査対象品目に組み込まれている。とくに、ステレオ、電子レンジ、ワープロ、プッシュ型電話機については、普及率が極めて高くなってからはじめて調査対象品目とされている。平成12年基準で採用予定のパソコンは、普及率が4割近くになっての採用であり、図中では、プッシュ型電話機、ステレオに次ぐ高い普及率に到達してからの採用となる。

図1 耐久消費財の普及状況

備考:
1. 図中に表示している数値は、わが国の家庭で当該製品を保有している割合を示している。
2. ○印は、当該製品がCPIに導入された時点を示す。ただし、2000年に○印を付しているパソコンは、本年夏の平成12年基準改定において導入の見込み。
3. 縦点線は、5年毎に実施される基準改定の年を示す。
資料:内閣府、『消費動向調査』

 

この点について、総務省統計局では、パソコンについては、平成7年基準の採用品目を決定した時点では調査対象品目入れるほどのウエイトがなかった、としている。

日本電気大型店協会の販売統計をみると、1994年の売上高はパソコンがワープロの1.8倍、1995年には3.2倍に達している。しかし、同統計はこの時期、パソコン周辺機器をパソコンに含めており、この時点での内訳はわからない。ただし、これを分割調査している最近のデータでは、両者はほぼ同じ規模である点を考慮すると、1994年の段階で、パソコン本体はワープロにほぼ匹敵する売上高であったとも推測される。なお、周辺機器の売上高の大きさを考慮すれば、パソコン本体の価格のみでなく、プリンタ等、パソコン周辺機器を調査する必要性も高いと言えよう(注10)

以上のようなデータを踏まえると、パソコンについて、平成7年基準の採用品目を決定した時点で調査対象品目に加えるという判断もあり得たように思われる。総務省統計局では、今後、基準改定を待たずに品目を追加するルールを構築するとされている。こうしたルールが的確に運営されるともに、上述した品質調整手法の拡充が図られることによって、新製品の取り込みがより迅速に行われることを期待したい。

(4)調査対象店舗の代表性

CPIについてしばしば聞かれる批判として、「価格破壊と呼ばれるような消費者の低価格指向を的確に反映していない」というものがある。これに対して総務省統計局は、ディスカウント店が、調査品目について調査地域で「最も販売量の多い代表的な店舗」であれば調査店舗となっている、と応答している。しかし、価格破壊のCPIへの影響は、消費者がディスカウント店をもっともよく利用することによってでなく、ディスカウント店にシフトすることによって生じる。このシフトは、新製品登場と同様、消費者は、(販売サービス等を加味した品質調整済みベースでみて、)ディスカウント店を既存店よりも割安と評価している結果である。したがって、ディスカウント店での調査価格が迅速に組み込まれない限り、調査対象品目の調査対象外品目に対する相対価格が上昇し、上方バイアスがもたらされる。それを避けるうえで重要なのは、販売サービスの品質差を調整したうえで、消費者の販売店舗のシフトの過程を捉えていくことである。その意味で、「最も販売量の多い代表的な店舗」だけで調査する方法のみでは必ずしも十分な対応とはいえず、追加的な対応を検討していく必要があろう(注11)

4.結びに代えて

CPIの計測誤差はないしバイアスは物価上昇率が高い場合には、物価情勢の判断に大きな影響を及ぼすものではないが、物価安定が実現されるに連れ、重要度の高い問題となってくる。また、物価指数の計測は、それを用いて算出される実質産出量や生産性といった指標の精度にも大きく影響する。物価指数で測られた物価上昇率が真の物価上昇率を上回っていれば、統計上の経済成長率が過小評価されていることになるからである。

わが国のCPIについて、上方バイアスの大きさを定量的に評価する試みは、筆者が知る限り、拙著『物価の経済分析』がはじめてである。それだけに筆者自身の推計値も批判されるべきところは多いと考えている。しかし、同書の「はしがき」でも述べたとおり、物価指数の問題を巡るわが国の研究蓄積はこれまでのところ極めて限られたものであり、その意味で、筆者の試算結果が、わが国における物価指数の計測誤差を巡る問題を研究する一つの足掛かりになって欲しいと考えてきた。今後とも、わが国における物価指数を巡る学術的な研究が蓄積され、物価指数の精度を巡る議論がより深まると同時に、こうした研究成果がCPIの精度改善に活かされていくことを期待したい。


(注)

1. したがって、平成12年基準改定についての展望も、総務省統計局ホームページ等で公開されている資料のみにもとづいている。

2. わが国の推計結果の詳細については、Shigenori Shiratsuka, “Measurement Errors in the Japanese Consumer Price Index” (Monetary and Economic Studies, 17(3), Instituted for Monetary and Economic Studies, Bank of Japan, 1999)、白塚重典、『物価の経済分析』9章(東京大学出版会、1998年)を参照。

3. 物価指数算式については注2の白塚[1998]4章を参照のこと。

4. 詳細は、注2に示したShiratsuka [1999]を参照。

5. 日本銀行で作成している卸売物価指数(WPI)は、ラスパイレス指数算式の総平均指数のほか、下位品目の集計に幾何平均を使った「幾可平均を用いた国内卸売物価指数・総平均」を公表している。

6. このほか、1品目を1調査銘柄で代表させる場合、当該指定銘柄が常に品目の代表性を有し続けているとは限らないとすれば、調査価格の代表性を確保していくために、複数の銘柄の価格調査を行うことも検討していく必要があろう。

7. POSデータによる「全機種連鎖指数」について、総務省統計局ホームページ上には、パソコンやカラーテレビ等の計算結果が示されているだけで、具体的なデータ源、計算方法は示されていない。今後、作成方法の詳細についての情報開示が期待される。

8. 国内の研究としては、太田誠『品質と価格』(創文社、1980年)および注2に示した白塚[1998]5〜7章を参照。

9. たとえば、注2に示した白塚[1998]6章を参照。

10. 最近では、パソコンはそれ単独としてだけでなく、インターネットに接続し、電子メール、ホームページ閲覧等、コミュニケーション手段として使われるようになっている。したがって、パソコン本体、周辺機器に加え、インターネット・サービス・プロバイダーとの接続料金を調査していくことも必要であろう。他方、平成12年基準から採用される見通しである携帯電話については、パソコンとは逆に、携帯電話本体は対象に加えられることなく、通信料のみが採用されるとの方針が示されている。こうした調査対象の取捨選択の判断基準についても、明確にしていくことが望ましい。

11. このほか、「短期の特売価格」の取扱いも無視し得ない論点である。現状のCPIでは、調査対象品目が特売の対象となっていても、特売期間が7日間以内の場合には、これを調査対象として取り扱わない。ただ、短期の特売が広範に行われ、消費者もそうした特売情報をかなりの程度利用していることを考慮すると、CPIはこうした面からも上方バイアスを孕んでいる可能性が考えられる。この点は、例えばセゾン総合研究所「大手量販店のPOSデータを利用した物価指数に係わる研究」(2000年)に詳しい。