金融研究資料第11号(1982年2月発行)
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債券利回りの期間構造理論に関する実証分析 
−「時系列モデル」による実証−

黒田 晁生/大久保 隆

 本稿は、債券利回りの期間構造理論に関する実証分析の従来の方法を批判的に検討するとともに、「時系列モデル」による将来の短期金利の予想値導出を基軸とした新しい手法を使って、わが国の国債流通利回りの期間構造について、期待理論を中心とした実証分析を試みたものである(注1)
 第2章では、まず期間構造理論の中軸を形成する「純粋期待理論」を紹介するとともに、その実証のための準備として長期債の利回り概念について整理した。ここでは従来の実証分析において明確に取り扱われてこなかった感のある、割引債と利付債の利回り計算上の区別の必要を強調した。
 また長期債の利回り決定における「期待」以外の要因を示唆する仮説として、Hicksの「流動性プレミアム仮説」、ModiglianiとSutchの「特定期間選好仮説」、更にわが国の債券市場で一般に指摘される「直利指向仮説」の3つを簡単に紹介した。
 次に期待理論を中心とした期間構造理論に関する従来の実証分析の方法のうち、主たるものを取りあげ、批判的に検討した。ここではMeiselmanによる「誤差修正仮説」の実証方法、Modigliani,Shiller,Sutchによる「期間構造式」の計測方法、Nelsonによる「期間プレミアム」の計測方法の3つを取り上げ、それらの実証方法の問題点を指摘した。
 第3章では、わが国の長期国債流通利回りを分析対象として選び、第2章で検討した従来の実証分析の問題点を踏まえて「時系列モデル」を用いた新しい手法により純粋期待理論の検証を試みた。
 具体的には、「時系列モデル」によって将来の短期金利の予想値の系列をexplicitに導出し、これを用いて純粋期待理論に基づく長期国債利回りの理論値()を計算した後、この理論値を市場での長期国債利回りの観察値()と対比させることとした。ここで純粋期待理論の成立に関する仮説の検証方法としては1.とを直接対比させ両者のRMSE(root mean square error)を計算する手法(平均的にみて、どの程度純粋期待理論が妥当するかをテスト)と、2.で回帰する次の式

を計測し、係数a0,a1について仮説H0:a0=0およびa1=1を検証する手法(の不偏推定値であるか否かをテスト)の2つを実施した。
 なお、分析対象期間は昭和52年6月末から55年12月末までとし、期間中の各四半期末データについて1.プールされたデータ、2.予測時点別のクロス・セクション・データ、3.残存期間別のタイム・シリーズ・データの3つにより検証を行った。
 第3章での実証分析によれば、まず1.の手法において計算されたRMSEは、プールされたデータを用いた場合0.94%とかなりの大きさであり(同データによる長期国債利回り観察値の平均=7.72%)、わが国の国債流通利回りの決定を純粋期待理論のみによって説明することには限界のあることが示された。しかしながら、ここで計算されたRMSEの大きさから判断すると、わが国の長期国債流通利回り水準の決定において「期待」要因の占めるウエイトは大雑把にいって9割弱と通常考えられているよりは、かなり大きいものであることが解った。
 次に2.の回帰分析による手法では、の不偏推定値であるとの仮説は、概ね棄却され、ここでも純粋期待理論がそのままの形では、わが国の国債流通利回りの決定を説明しきれないこと、すなわち「期待」以外の利回り決定要因が存在することが示唆された。
 第4章では、第3章の実証分析結果も踏まえて、第2章で提示した「期待」以外の利回り決定要因に関する3つの仮説を検証した。
 仮説の検証方法としてはとの差を1.残存期間(Hicksの流動性プレミアム仮説)、2.長期国債残高の残存期間別・クーポン別構成比(ModiglianiとSutchの特定期間選好仮説)、3.クーポン(わが国の直利指向仮説)でそれぞれ回帰し、説明変数の係数の統計的有意性をみた。
 ここでの実証分析によれば、Hicksの流動性プレミアム仮説とModiglianiとSutchの特定期間選好仮説については否定的な結果であった。一方、直利指向仮説の妥当性については、はっきりした結果は得られなかったものの、それなりに説明力を持つ仮説であることが示された。
 本稿での実証分析の結果を要約すれば、わが国の長期国債利回りは、純粋期待理論の想定するような将来の短期金利の予想値の系列により主として決定されているといえる(このほかに、直利指向が影響を与えている可能性も残される)。
 なお、Hicksの流動性プレミアム仮説が棄却されたことは、わが国で従来主張されてきた「正常な金利体系論」(長期金利は、短期金利よりも流動性プレミアム分だけ高いのが正常な姿との主張)が支持されないことを示す。また、ModiglianiとSutchの特定期間選好仮説が棄却されたことは、そうした市場分断の存在を前提としたオペレーション・ツイストや新発国債の期間多様化などの国債管理政策の効果には限界があることを示唆しているといえる。


(注1)本稿は、金融研究資料第9号(昭和56年9月)に掲載した黒田・大久保「わが国の国債流通市場における利回り決定メカニズム:期待理論によるアプローチ」を拡充発展させたものである。


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