金融研究第24巻第1号(2005年3月発行)
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日本初期貨幣研究史略:
和同開珎と富本銭・無文銀銭の評価をめぐって

松村 恵司

 飛鳥池遺跡の富本銭の発見により、長らくの懸案課題であった7世紀後半の銅銭の実体が解明され、わが国の初期貨幣研究は新たな研究段階へと突入した。
 本稿は、初期貨幣史の再構築に向けて、江戸時代以来300年にわたる初期貨幣研究の流れを通時的に整理したものである。
 わが国の初期貨幣研究は、古銭収集趣味が登場した17世紀後半に始まるが、その当初から、和同開珎は和銅元(708)年産出の国産銅による最古の有文銭と位置付けられた。和銅以前の銭貨は、無文銭であったために正史に銭貨名が記されなかったと理解され、宝暦11(1761)年に真寳院から出土した無文銀銭は顕宗期の銀銭とみなされ、天武紀の銅銭の候補に無文銅銭が掲げられた。明治時代になると、国威の発揚に伴い、天武朝(672〜686年)の銭貨は有文銭でなければならないという認識が生まれ、現存貨幣中最古とみられる古和同銭を和銅以前に遡らせる仮説が登場した。この古和同天武朝創鋳説は、大正・昭和期の多くの研究者を魅了し、和同開珎和銅元年発行説との論争を通して、初期貨幣をめぐる主要な論点を明確にしたが、半世紀以上に及ぶ両説の対立は、今日の初期貨幣研究にさまざまな弊害をもたらすことになった。本稿は、初期貨幣に関する認識の変遷や通説の形成過程を明らかにし、初期貨幣研究の新たな地平が、出土銭貨が内包する考古学的情報に基盤を置いた研究にあることを明らかにした。

キーワード:富本銭、無文銀銭、和同開珎、古和同、開元通寳、初期貨幣研究、厭勝銭


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