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■わが国独自の幣制の成立 …… 19.幕末の金流出 |
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| 天保一分銀(1837年)
縦24mm×横16mm 重量8.6g 品位99% |
洋銀(メキシコ・ドル)(1854年)
直径38mm 重量26.8g 品位90% 含有純銀量24.1g |
安政二朱銀(1859年)
縦28mm×横17mm 重量13.5g 品位85% |
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| 天保小判(1837年)
縦60mm×横32mm 重量11.3g 品位57% |
万延小判(1860年)
縦36mm×横20mm 重量3.3g 品位57% |
| 幕末に至って貨幣の対外取引が解禁されると、内外金銀比価の相違から大量の金が海外へと流出した。 |
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徳川幕府による金銀の一元的管理や鎖国体制を背景として、わが国における金銀の相対比価は、江戸時代末期には1対5と国際相場(1対15)から大きく乖離して銀高金安が進んでいた。開港によって、その割高な銀貨が「同種同量の原則」に基づき、素材価値は低いが重量のある洋銀(メキシコ・ドル)と両替されることになり、洋銀→一分銀→小判→洋銀という裁定(利鞘取り)取引によって、相当量の金貨が海外へ流出した。
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