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■わが国独自の幣制の成立 …… 18.徳川幕府の改鋳 |
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| 写真左から慶長、元禄、宝永、享保、元文、万延の各小判 |
| 徳川幕府が発行した主な小判 |
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江戸時代には、約8回にわたり貨幣の改鋳が行われた。 元禄・宝永期には、慶長金銀貨に比べて質を落とした金銀貨が発行され貨幣流通量の増大が図られた。しかし、物価上昇が激しくなったため、新井白石の提言により再び改鋳が行われ、質の高い正徳・享保小判が発行された。もっとも、正徳・享保の改鋳では、小判の品位が引き上げられた一方で、旧小判2枚が新小判1枚とされたことから貨幣量が急激に減少し、経済活動の停滞をもたらした。 その後、荻生狙徠の提言を受け、貨幣量の適正化を目的として改鋳が行われ、質を落とした元文小判等が発行された。この結果、経済情勢が好転するとともに、元文小判はその後80年にわたり安定的に流通した。 幕末にかけては、財政窮乏を補うため質を落とす改鋳がたびたび行われ、慢性的なインフレを引き起こした。江戸期最後の万延小判は大きさも極端に小さく、純金量も慶長小判の約1/8しかなかった。 |