日本銀行金融研究所貨幣博物館
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日本銀行と日本橋
日本銀行の誕生

 日本銀行は、1882(明治15)年10月10 日に開業しました。

 明治維新以来、明治政府は、混乱した貨幣制度を建て直すために、新貨条例を制定するなど貨幣制度の近代化に努めました。しかし、1877(明治10)年に勃発した西南戦争の戦費を政府紙幣の増発でまかなったため、紙幣価値が大幅に下落しました。

 そこで、1881(明治14)年、大蔵卿に就任した松方正義は、緊縮財政によって政府紙幣の回収を進め、紙幣価値の安定を図るとともに、欧州各国の中央銀行をモデルに、「一国金融の心臓」として日本銀行の設立を提案し、紙幣発行権を日本銀行に集中させ兌換券の発行を目指しました。

2002年企画展「にちぎん誕生」関連資料(871KB pdf)

開業当時の本店建物 -日本橋箱崎町-

 日本銀行は、1882(明治15)年10月、永代橋際(現在の日本橋箱崎町)にあった北海道開拓使出張所の建物を本店として開業しました。この建物は、明治政府が招いたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルによって設計されました(1881(明治14)年竣工、関東大震災で焼失)。

辰野金吾による日本銀行本店の建築 -日本橋本石町へ-

 永代橋の本店は、手狭で、官庁や商業・金融の中心地からも離れていたため、現在の本店の場所である日本橋本石町に新築移転することとなりました。日本銀行の新たな本店は、コンドルの弟子であり、東京駅などの作品で有名な辰野金吾によって設計され、1890(明治23)年着工、1896(明治29)年3月に落成し、翌4月に永代橋の店舗から移転しました。

 日本橋は交通・商業の中心地で、当時、駿河町の三井銀行、兜町の第一国立銀行をはじめ、多くの金融機関が集まっていました。また、常磐橋を渡ると紙幣寮をはじめとする官庁街が広がっていました。

2006年特別展示「日本橋の風景―明治期にちぎんの建築記録写真から―」関連資料(2,576KB pdf)

2011年テーマ展「明治期の日本銀行支店建築 ―建築家 辰野金吾・長野宇平治―」関連資料(1,132KB pdf)

日本銀行本店建築記念写真「日本銀行新築場沿革図

江戸時代の日本銀行本店の場所

 江戸時代、現在の日本銀行本店の場所には「金座」がありました。金座は、江戸幕府勘定奉行の管理の下で、幕府発行の金貨である小判などを製造していた役所です。金座に隣接する常盤橋御門は、政治の中心である江戸城から商業の中心である日本橋本町に通じる重要な門でした。

 金座のあった日本橋周辺には、両替商や数多くの商店が軒を連ね、日本橋川沿いには魚市場が広がり、活況を呈していました。

2005年特別展示「にちぎんがやってきた!―古地図・錦絵にみる日本橋―」関連資料 (634KB pdf)

お金の豆知識「金座の歴史」関連資料(295KB pdf)