貨幣博物館 常設展示図録
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ゆるやかなお金の統一 39幕府は、金銀銭の相場を定めたが、実際の相場は、金(両)建ての江戸と銀(匁)建ての大坂・京の間の物資の流通や貨幣改鋳などの要因によって日々変動した。大坂の有力な両替屋の間で金銀銭を交換するときの相場が、各地の基準となった。両替屋と金銀銭の相場千両箱Chest Containing a Thousand Pieces of Gold Coins小判1両×1,000枚=「千両」が入ることに由来するが、小判以外の金貨・銀貨や、500両や1,000両以上入るものもあり、大きさや形はさまざまである。両替屋の看板Moneychanger’s Sign両替屋で使う分銅の形をした看板。幕府は、貨幣を安定的に流通させるため、金貨・銀貨・銭貨の間で交換比率を定めた。1609年 金1両=銀50匁=銭4貫文1700年 金1両=銀60匁=銭4貫文1842年 金1両=銀60匁=銭6貫500文公定相場 (1700年)金貨(計数貨幣)1両=4分=16朱銭貨(計数貨幣)1貫=1,000文銭貨4,000枚銭貨4貫文=4,000文金貨1両銀貨(秤量貨幣)1匁=10分  1,000匁=1貫(貫目・貫匁)銀貨60匁丁銀・豆板銀==18世紀後半、幕府が両建ての計数銀貨を発行するようになると、匁建ての秤量銀貨はほとんど流通しなくなった。それでも、大坂を中心とする両替屋や商人たちは、明治時代初めまで銀貨の単位である匁建て(銀目)で商品の売買や資金の貸し借りなどの取引を行っていた。五匁銀12枚二分金2枚(1818~)二朱銀8枚二朱金8枚(1697~)一朱銀16枚一朱金16枚(1824~)一分金4枚一分銀4枚1765年~ 計数銀貨金貨・銀貨・銭貨の公定相場 Exchange Rates for Gold, Silver and Copper Money銭相場早見A Simplied Chart of Exchange Rates for Rice and Coins「米相庭銭相場早見」

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