貨幣博物館 常設展示図録
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 近世36金は天下のまわりものMoney Comes and Goes藩体制のもとで米をはじめとする全国的な商品流通が活発になり、幕府が発行した金貨・銀貨・銭貨と両替屋の信用がこれを支えた。都市で生活する人々にとって、貨幣は必要不可欠なものであった。幕5物流を支えたお金全国をかけめぐる物とお金Money Promotes Commercial Activities高額取引については、江戸を中心とする東日本では金の単位(両・分・朱)で、大坂を中心とする西日本や北陸では銀の単位(貫・匁・分)で、価値が表示されることが多かった。小額取引では、全国的に銭貨の単位(文)が用いられた。東北や西南日本では高額取引にも銭貨の単位が用いられることがあった。金遣い・銀遣い・銭遣いmemo全国市場の形成各藩の領地で生産された米は、年貢として藩に納められた後、大坂をはじめとする流通拠点で換金されて参勤交代や江戸藩邸での費用などにあてられた。消費都市の江戸、流通拠点の大坂、手工業の先進地である京は三都とよばれた。三都間および三都と各地の間は街道や航路で結ばれ、全国的な商品と情報の流れが活発になっていった。大坂には、全国各地から米をはじめとするさまざまな品物が運ばれ、売買された。各藩は、大坂で売った品物の代金を江戸や国元に送金した。国元(各藩の領地)各藩の領地では、米をはじめとするさまざまな品物がつくられ、大坂など流通拠点に運ばれた。参勤交代の制度が確立し、江戸は将軍・大名とその家族や家来、彼らに商品・サービスを提供する商人・職人が生活する日本最大の消費都市となった。米切手 加賀藩Rice Certicate Issued by the Kaga Clan各藩は米を売却する際に、米を渡す代わりに米との引替えを約束した「米切手」を発行した。米切手は米市場でさかんに取引され、米切手を質にとってお金を貸す両替屋もいた。江戸の人々が使う品物の多くは、大坂や京などから運ばれてきていた。Production SitesThe Distribution Center OsakaThe Consumption Site Edo

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