貨幣博物館 常設展示図録
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ゆるやかなお金の統一 33三貨制度 金貨・銀貨・銭貨 memomemo幕府は、各地で流通していたさまざまな貨幣の実態をふまえ、金貨・銀貨・銭貨からなる貨幣制度を定めた。銀貨重さの単位である匁を基準とする秤量貨幣(使用する際に重さをはかって使う貨幣)で、1匁(3.75g)=10分 として使われた。銭貨1枚の価値が定められた計数貨幣で、1枚=1文 として使われた。1,000文=1貫文1636年に江戸幕府は寛永通宝を発行し、1670年には寛永通宝以外の銭貨の使用を禁止した。日本では、国家が基準となる金貨・銀貨・銭貨を制定し、独自の貨幣を使うようになった。中国の銭貨流通圏からの自立天正大判Tensho Oban(Gold)豊臣秀吉が彫金師後藤家に命じてつくらせた。大黒くくり袴丁銀Daikoku Kukuribakama Chogin (Silver)湯浅作兵衛(後の大黒常是)がつくったとされる。慶長大判Keicho Oban(Gold)天正大判の形状を引き継ぎ、家康が後藤家に命じてつくらせた。慶長丁銀・豆板銀Keicho Chogin and Keicho Mameitagin (Silver)家康から大黒の姓を与えられた湯浅作兵衛(大黒常是)が製造にあたった。寛永通宝Kan’ei Tsuho(Copper)1636年渡来銭と同じ形状(円形方孔)で、独自の銭名を持つ。当時、東アジアで流通していた銭貨のなかでも寛永通宝は銅を多く含み、良質であった。《江戸時代初期の公定相場》金貨 1両 = 銀貨 50匁 = 銭貨 4,000文金貨1枚の価値が定められた計数貨幣で、小判1枚=1両 とし、4進法(1両=4分=16朱)に基づく。

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