貨幣博物館 常設展示図録
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海を越えてきたお金 255撰えり銭ぜに人々にえらばれる銭Coins Classified撰銭と撰銭令Classifying of Coins and Regulations品流通が盛んになると、大量の銭貨が必要になる。しかし、15世紀後半には中国から入ってくる銭貨の量が減った。そして、国内外で私的につくられた銭貨(模鋳銭・私鋳銭)が流通するようになり、人々は種類や形状により銭貨を区別するようになった(撰銭)。銭貨を使った取引の混乱を収めるため、室町幕府や大名は撰銭令を出した。商各地で銭貨の種類などによる価値の差が生まれて、銭貨 1枚=1文 という価値が崩れ、銭貨を使った取引は混乱した。権力者などが排除すべきと考えた銭貨も、さまざまな交換比率のもとで使われ続けた。使われた銭貨の価値は、地域や時期によって異なっていた。流通していたさまざまな銭貨宋銭Song Coins (Copper)明銭Ming Coins (Copper)鋳写銭Privately Minted Coins Modeled After Chinese Coins撰銭令15世紀後半から16世紀にかけて、室町幕府や大名はたびたび撰銭令を出した。織田信長の撰銭令Order by Oda Nobunaga1569(永禄12)年四天王寺蔵信長は、幕府や戦国大名による撰銭令で使用が禁止されていた銭貨の使用を認めるとともに、銭貨間の価値の違いを認め、流通するさまざまな銭貨の交換比率を定めた。室町幕府の撰銭令Order by the Muromachi Shogunate1505(永正2)年国立公文書館蔵 画像提供:国立歴史民俗博物館室町幕府の撰銭令では、銭貨全体の流通を阻害するような粗悪な銭貨の使用を禁止する一方、それ以外の銭貨は、あくまでも 1枚=1文 で使わせようとした。中国銭をもとにつくられた銭貨。鋳写し(コピー)が繰り返されたことなどから、文字が不鮮明で、もとの銭貨よりも小型で薄く、粗悪なものが多い。

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